
「家賃収入で生活費を払えるようになりたい」という目標は、たいてい表面利回りと物件価格の掛け算で語られます。表面利回り8%で1億円なら年800万円、だから月66万円――という計算です。
しかしこの800万円から、空室損・運営費・元本返済・所得税・住民税・修繕積立を引くと、実際に生活に回せる現金はまったく違う額になります。そこでこの記事では、総務省「家計調査」2025年平均の消費支出をそのまま目標額に置き、税金と元本返済と修繕積立を引いたあとの「可処分キャッシュフロー」で生活費を賄うには、いくら買う必要があるのかを逆算しました。
結果は3つに分かれました。初年度の数字で測ると必要総投資額は2億1,664万円・自己資金8,016万円です。ところが金利1.78%を超えると、LTVを上げても必要自己資金はもう減りません。そして減価償却が終わる15年目には、同じ目標額を維持するための必要規模が7.06倍に膨らみます。
「家賃収入で生活費を賄う」という問いは、どの年の数字で測るかによって答えが変わります。買った直後は減価償却が効いて税金がほとんど出ないため、手残りは大きく見えます。償却が終われば同じ家賃・同じ返済額でも納税額だけが跳ね上がります。
そこで検証するのは次の4点です。
利回りやDSCRの基本的な計算方法は収益物件の収支計算完全ガイドで整理しています。この記事はその続きとして、「複数棟を合算したときに、生活費として使える現金がいくら残るか」だけを見ます。1棟あたりの上限価格を決める計算は自分はいくらまで払えるのかを3条件から逆算した記事が担当しています。
数字の性質が混ざらないよう、先に区分を示します。
情報確認日:2026年10月25日。
項目 | 設定 | 根拠・区分 |
|---|---|---|
1棟あたり価格 | 9,079万円 | 【公開データ】健美家2026年7〜9月期 一棟アパート全国平均 |
表面利回り | 7.91%(満室賃料718.1万円) | 【公開データ】同レポート全国平均 |
構造・築年 | 木造・築10年 | 中古簡便法で減価償却14年(22−10+10×0.2) |
建物割合 | 60%(建物5,447万円) | 【シミュレーション】設定値 |
空室・滞納損 | 満室賃料の8% | 【シミュレーション】入替コストを別建てしないため織り込み |
運営費 | 満室賃料の20% | 【シミュレーション】管理料5%+固都税・保険・共用費・小修繕15% |
修繕積立 | 満室賃料の5% | 【シミュレーション】生活費に回せない積立として可処分CFから控除 |
購入諸費用 | 価格の7% | 【シミュレーション】自己資金に加算 |
融資 | 元利均等・25年 | 【シミュレーション】 |
限界税率 | 30%(所得税20%+住民税10%) | 課税所得330〜694万円の給与所得者を想定 |
目標額 | 月314,001円/月173,042円 | 【公開データ】家計調査2025年平均 |
この記事で生活費の原資とみなすのは、次の順番で引き算したあとの金額です。
課税所得は「NOI−減価償却−支払利息」で計算し、赤字になる年は土地等の取得に係る負債利子を損益通算の対象外として処理しました。青色申告特別控除65万円はポートフォリオ単位で1回だけ、課税所得がプラスの範囲で適用しています。
修繕積立を引いているのは、これを生活費に回すと大規模修繕の年に資金が不足するためです。修繕費を家賃の5%で見る妥当性は国交省の長期修繕計画事例から逆算した記事で検証しています。空室率を5%で置くと年CFが過大に出ることは戸数別のDSCR試算でも確認しているため、ここでは8%としました。
基準条件のDSCRは1.600倍です。融資審査の観点では余裕のある水準で、この記事の結論は「DSCRが悪い物件だから成立しない」という話ではありません。
基準条件(金利2.0%・LTV70%・25年・表面7.91%)で1棟あたりの初年度可処分CFは157.1万円でした。減価償却389.1万円と支払利息125.3万円がNOI 517.1万円をほぼ使い切るため、初年度の課税所得は2.7万円、納税額は0.8万円しかありません。
目標(家計調査2025) | 必要棟数 | 必要総投資額 | 必要自己資金 | 必要借入額 |
|---|---|---|---|---|
二人以上世帯 月314,001円 | 2.39棟 | 2億1,664万円 | 8,016万円 | 1億5,165万円 |
単身世帯 月173,042円 | 1.31棟 | 1億1,939万円 | 4,417万円 | 8,357万円 |
1〜10年平均で測っても必要規模はほぼ同じ(2.39棟)です。家賃下落を織り込んでいないため、償却期間中の可処分CFは年1〜2万円ずつしか減らないからです。
ここで注意したいのは、自己資金8,016万円は「2億1,664万円の物件を買うための頭金3割+諸費用7%」であって、生活費を得るための投資額ではないという点です。8,016万円を年376.8万円で回収すると考えると、自己資金に対する利回りは4.70%になります。自己資金の回収構造は自己資金は何年で戻るのかを検証した記事で別途扱っています。
「自己資金が少なくても借入を増やせば家賃収入は作れる」という説明をよく見ます。これを検証するため、LTVだけを40%から90%まで動かし、同じ目標額(月314,001円)に必要な規模を逆算しました。
LTV | 1棟の可処分CF | 必要棟数 | 必要総投資額 | 必要自己資金 | DSCR | 15年目の1棟可処分CF |
|---|---|---|---|---|---|---|
40% | 279.5万円 | 1.28棟 | 1億1,605万円 | 7,775万円 | 2.80倍 | 151.9万円 |
45% | 259.1万円 | 1.38棟 | 1億2,518万円 | 7,761万円 | 2.49倍 | 130.1万円 |
50% | 238.7万円 | 1.51棟 | 1億3,669万円 | 7,791万円 | 2.24倍 | 108.3万円 |
60% | 197.9万円 | 1.85棟 | 1億6,762万円 | 7,878万円 | 1.87倍 | 64.8万円 |
70% | 157.1万円 | 2.39棟 | 2億1,664万円 | 8,016万円 | 1.60倍 | 21.2万円 |
80% | 111.7万円 | 3.37棟 | 3億0,617万円 | 8,267万円 | 1.40倍 | ▲22.3万円 |
90% | 65.6万円 | 5.75棟 | 5億2,183万円 | 8,871万円 | 1.24倍 | ▲65.9万円 |
必要自己資金は、LTV40%の7,775万円からLTV90%の8,871万円まで、全域で7,761〜8,871万円のレンジ(最小値比+14.3%)に収まりました。一方で必要総投資額は1億1,605万円から5億2,183万円へ4.50倍に膨らみます。
つまりこの条件では、レバレッジを上げても必要な自己資金はほとんど減らず、抱える借入額と物件数だけが増えます。LTV90%を選ぶと、同じ生活費を得るために負う債務は4億6,965万円になります。
この関係は常に成り立つわけではありません。金利を下げていくと、どこかでレバレッジが効き始めます。LTV90%とLTV50%の必要自己資金が一致する金利を逆算すると、1.78%でした。
金利 | 表面利回りとの差 | LTV50%の必要自己資金 | LTV90%の必要自己資金 | 差 |
|---|---|---|---|---|
1.0% | 6.91pt | 7,371万円 | 5,665万円 | ▲1,706万円 |
1.5% | 6.41pt | 7,546万円 | 6,534万円 | ▲1,013万円 |
1.78% | 6.13pt | 一致(反転点) | 0 | |
2.0% | 5.91pt | 7,791万円 | 8,871万円 | +1,080万円 |
2.5% | 5.41pt | 8,235万円 | 1億4,089万円 | +5,854万円 |
3.0% | 4.91pt | 8,751万円 | 2億7,220万円 | +1億8,469万円 |
反転点1.78%は、表面利回り7.91%との差が6.13ptになる水準です。レバレッジが正に効く「表面利回り−金利」を12万回試算で逆算した記事では、IRRを基準にした境界が6.8〜8.1ptでした。評価指標が違うため数値は一致しませんが、必要なスプレッドが6pt台にあるという点は両方の分析で共通しています。
日銀の新規・長期の貸出約定平均金利は2026年8月に1.999%です。実際の投資用ローンはこれより高い水準になることが多く、現在の金利環境は、すでに反転点の向こう側にある可能性が高いということになります。
ここまではすべて初年度の数字です。基準条件(LTV70%)で2.39棟を保有したときの、30年分の可処分CFを年次で並べました。
年次 | 減価償却 | 納税額(2.39棟) | 可処分CF(年) | 可処分CF(月) |
|---|---|---|---|---|
1年目 | あり | 1.9万円 | 374.9万円 | 31.24万円 |
5年目 | あり | 13.7万円 | 363.1万円 | 30.26万円 |
10年目 | あり | 29.8万円 | 347.0万円 | 28.92万円 |
14年目 | あり(最終年) | 43.9万円 | 332.9万円 | 27.74万円 |
15年目 | 終了 | 326.2万円 | 50.6万円 | 4.22万円 |
20年目 | なし | 345.9万円 | 30.9万円 | 2.58万円 |
25年目(完済年) | なし | 367.7万円 | 9.2万円 | 0.76万円 |
26年目(完済後) | なし | 370.1万円 | 778.0万円 | 64.83万円 |
14年目と15年目のあいだで、月の可処分CFは27.74万円から4.22万円へ、▲84.8%落ちます。家賃は変わらず、返済額も変わりません。変わったのは減価償却が消えたことによる納税額(1棟あたり18.4万円→136.7万円)だけです。この段差の構造は減価償却が終わった年に税引後CFがいくら減るかを検証した記事と、デッドクロスが何年目に来るかを逆算した記事で詳しく扱っています。
この15年目の水準で同じ目標額(月314,001円)を満たそうとすると、必要規模は次のようになります。
評価年次 | 1棟の可処分CF | 必要棟数 | 必要総投資額 | 必要自己資金 |
|---|---|---|---|---|
1年目基準 | 157.1万円 | 2.39棟 | 2億1,664万円 | 8,016万円 |
15年目基準 | 21.2万円 | 16.84棟 | 15億2,931万円 | 5億6,584万円 |
必要棟数は7.06倍、必要自己資金は7.06倍です。買い増しで埋めるという解法は、この条件では成立しません。
金利を動かすと、この問題は一気に悪化します。
金利 | 年間返済額 | 1年目の可処分CF | 15年目の可処分CF | 1年目基準の必要棟数 | 15年目基準の必要棟数 |
|---|---|---|---|---|---|
1.5% | 305.0万円 | 165.9万円 | 34.4万円 | 2.15棟 | 10.38棟 |
2.0% | 323.2万円 | 157.1万円 | 21.2万円 | 2.39棟 | 16.84棟 |
2.5% | 342.1万円 | 139.0万円 | 7.7万円 | 2.71棟 | 46.62棟 |
2.78% | 353.0万円 | 128.2万円 | 0万円 | 2.94棟 | 成立しない |
3.0% | 361.7万円 | 119.5万円 | ▲6.2万円 | 3.15棟 | 成立しない |
3.5% | 381.8万円 | 100.5万円 | ▲20.5万円 | 3.75棟 | 成立しない |
金利2.78%を超えると、減価償却が終わった年の可処分CFはマイナスになります。このとき1棟あたりのDSCRは1.465倍で、融資審査の基準では問題のない水準です。初年度の可処分CFがゼロになる金利は6.55%ですから、初年度の数字は3.77pt分の金利耐性を見せているのに、償却終了後の耐性は0.78ptしかないということになります。
この「DSCRは足りているのに生活費が残らない」という状態は、DSCRが返済能力の指標であって手取りの指標ではないことから生じます。初期DSCRがどう劣化していくかはDSCR1.30で買った物件が何年目に1.20を割るかを検証した記事で扱っています。
15年目の不足分(2.39棟で年326.2万円)を埋める方法を、3通り逆算しました。
14年末の残債は1棟あたり3,189万円です。これを新たな期間で組み替えると、15年目の可処分CFは次のように戻ります。
借換え後の期間 | 金利2.0% | 金利2.5% | 金利3.0% | 2.39棟合計(金利2.0%) |
|---|---|---|---|---|
残り11年(借換えなし) | 21.2万円 | 17.2万円 | 13.0万円 | 50.7万円 |
15年 | 98.4万円 | 94.2万円 | 89.7万円 | 235.1万円 |
20年 | 151.2万円 | 146.7万円 | 142.0万円 | 361.4万円 |
25年 | 182.7万円 | 177.9万円 | 172.9万円 | 436.6万円 |
期間20年で組み替えれば、2.39棟のまま年361.4万円(目標の95.9%)まで戻ります。ただし築24年の木造に20年の融資を付けられるかは別の問題で、年齢と築年数のどちらが先に効くかは融資期間を縛るのは年齢か築年数かを検証した記事で分析しています。借換えそのものの損益分岐は金利差何ptから得かを逆算した記事を参照してください。
2.39棟のまま15年目も目標を満たすには、1棟あたり149.5万円の可処分CFが必要です。これを表面利回りだけで実現しようとすると11.02%が必要になります。全国平均7.91%の1.39倍で、健美家のデータでは一棟アパートの全国平均が直近10年間の最低値を記録している局面です。
表面利回り | 1年目の可処分CF | 15年目の可処分CF | 1年目基準の必要総投資額 | 15年目基準の必要棟数 |
|---|---|---|---|---|
6.50% | 84.0万円 | ▲36.9万円 | 4億0,746万円 | 成立しない |
7.00% | 104.6万円 | ▲16.3万円 | 3億2,715万円 | 成立しない |
7.91% | 157.1万円 | 21.2万円 | 2億1,664万円 | 16.84棟 |
9.00% | 202.0万円 | 66.1万円 | 1億6,056万円 | 5.40棟 |
10.00% | 243.3万円 | 107.4万円 | 1億3,335万円 | 3.33棟 |
11.02% | 285.3万円 | 149.4万円 | 1億1,370万円 | 2.39棟 |
表面利回り6.50%では、初年度は黒字でも15年目の可処分CFはマイナスです。利回りが低い物件は「儲けが薄い」のではなく、「償却が切れたあとに生活費を一切生まない」という性質を持ちます。
融資期間 | 年間返済額 | 1年目の可処分CF | 15年目の可処分CF | 1年目基準の必要自己資金 |
|---|---|---|---|---|
20年 | 385.8万円 | 94.4万円 | ▲47.6万円 | 1億3,274万円 |
25年 | 323.2万円 | 157.1万円 | 21.2万円 | 8,016万円 |
30年 | 281.9万円 | 198.6万円 | 66.7万円 | 6,352万円 |
35年 | 252.6万円 | 227.9万円 | 98.9万円 | 5,539万円 |
期間35年でも15年目の可処分CFは1棟98.9万円で、目標に必要な149.5万円には届きません。期間延長は段差を緩やかにしますが、消しはしません。
どの前提を一番慎重に置くべきかという順位づけは9変数を同一尺度で比較した記事で扱っています。
この分析は「何棟買えばいいか」を決めるためのものではありません。使いどころは次の3つです。
なお、2.39棟=約20戸規模は事業的規模(5棟10室)を満たすため、青色申告特別控除65万円は使える前提で計算しています。
この記事では1棟あたり価格・利回り・運営費率を固定していますが、実際の数字は物件ごとに違います。自分の物件条件での税引前キャッシュフロー・DSCR・損益分岐空室率までであれば、RE-AIの無料キャッシュフローシミュレーターで年次推移を試算できます。ただしこのツールは税引前の計算で、減価償却と所得税・住民税は含みません。この記事の「可処分CF」に相当する数字を出すには、ツールの税引前CFから(NOI−支払利息−減価償却)×限界税率と修繕積立を引く必要があります。
収益性・融資・リスク・出口を合わせて判断する段階では、融資条件の見方とRE-AIの総合診断を併せて確認してください。RE-AIは複数条件をまとめて確認するために設計したツールで、将来の家賃・金利・売却価格を当てるものではありません。
この分析で分からないことを明示します。
この条件では収益性そのものは維持されますが、生活費の原資としての安定性は減価償却と融資期間の設計に強く依存します。利回りが高いことより、償却が切れたあとの返済構造を取り直せるかどうかが、この目的では効きました。
情報確認日:2026年10月25日。本記事の数値は上記公開データと、記事内に明示した固定条件に基づく条件付きシミュレーションです。実際の物件統計や将来の予測ではありません。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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