
収益物件の売却では、譲渡した年の1月1日時点の所有期間が5年を超えるかどうかで、譲渡所得への税率が39.63%(短期)と20.315%(長期)に分かれます。税率差は19.315ポイントです。
この事実そのものは多くの記事で説明されています。しかし「では、その税率差は投資成績としてどれだけの差なのか」「1年待つ間に相場が下がってもなお待つ価値があるのか」まで数字で示した記事はほとんど見当たりません。
そこで本記事では、築古木造一棟アパートを個人で保有する条件付きシミュレーションを組み、保有5年目に売却した場合と6年目に売却した場合の税引後IRRを計算しました。さらに「6年目まで待つ間に売却価格が何%下がると、5年目に売った場合と同じ結果になるか」を逆算しています。
結論から書くと、今回の条件では税引後IRRは0.31%(5年目)と7.48%(6年目)で7.17ポイントの差がつきました。そして売却価格が11.85%下落しても、なお6年目売却のほうが有利でした。ただしこの結論は減価償却の大きさに強く依存しており、償却の小さい物件では逆転ラインが3.0%まで縮みます。
国税庁のタックスアンサーによると、土地・建物の譲渡所得は次のように区分されます(令和7年4月1日現在法令等、情報確認日:2026年8月28日)。
区分 | 判定 | 所得税 | 復興特別所得税 | 住民税 | 合計 |
|---|---|---|---|---|---|
短期譲渡所得 | 譲渡した年の1月1日時点の所有期間が5年以下 | 30% | 0.63% | 9% | 39.63% |
長期譲渡所得 | 譲渡した年の1月1日時点の所有期間が5年超 | 15% | 0.315% | 5% | 20.315% |
重要なのは「譲渡した年の1月1日時点」という判定基準です。取得日からちょうど5年が経過しても、その年の1月1日時点では5年に満たないため短期のままになります。
取得月ごとに、長期譲渡になる最短のタイミングを計算しました。
取得月 | 長期になる最短の売却時期 | 取得からの経過 |
|---|---|---|
1月 | 6年後の1月1日以降 | 6年0ヶ月 |
4月 | 6年後の1月1日以降 | 5年9ヶ月 |
7月 | 6年後の1月1日以降 | 5年6ヶ月 |
10月 | 6年後の1月1日以降 | 5年3ヶ月 |
12月 | 6年後の1月1日以降 | 5年1ヶ月 |
つまり待機期間は取得月によって5年1ヶ月〜6年0ヶ月と、最大11ヶ月の幅があります。年末に取得した物件のほうが「5年の壁」を早く抜けられるという構造です。この差は購入時点では意識されにくい一方、出口を考えるうえでは無視できません。
本記事の数値は条件付きシミュレーションです。実在の物件統計でも、RE-AIの診断実績データでもありません。
短期・長期の税率差が効くのは「譲渡所得が大きい物件」です。譲渡所得は売却価格 −(取得費 − 減価償却累計額) − 譲渡費用で決まるため、減価償却が速く進む物件ほど簿価が下がり、譲渡所得が膨らみます。
したがって、この論点が最も鋭く現れるのは法定耐用年数(木造22年)を超えた築古木造で、簡便法により4年償却となる物件です。想定読者は、給与所得と合わせて減価償却による損益通算を狙い、短期間での売却も視野に入れている個人投資家としました。
項目 | 設定 | 設定の根拠 |
|---|---|---|
物件 | 木造一棟アパート8戸・築24年 | 耐用年数超過=簡便法4年償却となる帯 |
購入価格 | 5,600万円(1戸あたり700万円) | 地方中核市の築古木造として、8戸×700万円で積み上げ |
建物・土地割合 | 建物40%(2,240万円)/土地60%(3,360万円) | 築古木造の按分として保守的に設定 |
満室年間家賃 | 560万円(月5.83万円/戸) | 表面利回り10.0%と整合 |
空室率 | 5% | 基準ケース |
運営費 | 満室家賃の20%(112万円) | 管理料・修繕・公租公課・保険等 |
初年度NOI | 420.0万円 | 560×0.95 − 112 |
購入諸費用 | 8.0%(448万円) | 当ブログの諸費用積み上げ検証と整合 |
借入 | 4,760万円(LTV85%)・金利2.5%・期間20年 | 耐用年数超過物件で現実的に想定される条件 |
年間返済額 | 302.7万円(初年度DSCR 1.39) | 元利均等で計算 |
投下自己資金 | 1,288万円(頭金840万円+諸費用448万円) | IRRの起点 |
減価償却 | 2,240万円 ÷ 4年 = 年560万円(1〜4年目) | 簡便法(22年×0.2=4.4→4年) |
保有中の税率 | 30%(所得税20%+住民税10%) | 給与所得と合算した限界税率を想定 |
家賃下落 | 年0.7% | 基準ケース |
出口利回り | 10.0%+経過年×0.1pt | 築年進行による利回り劣化を反映 |
譲渡費用 | 売却価格の4% | 仲介手数料等 |
譲渡計算上の取得費 | 5,600万円(購入諸費用は算入せず) | 保守的に、譲渡所得を過小評価しない側で設定 |
固定:購入価格、家賃、空室率、運営費、金利、融資期間、LTV、家賃下落率、出口利回りの推移
変更:売却年(=短期/長期の区分)
追加検証で変更:減価償却年数、建物比率、空室率・出口利回り・家賃下落率(複合ストレス)
保有中の税引後キャッシュフローを積み上げ、各年末に売却した場合の手残りを加えて、投下自己資金1,288万円に対する税引後IRRを計算しました(単位:万円)。
売却年 | 売却価格 | 残債 | 簿価 | 譲渡所得 | 税率 | 譲渡税 | 売却手残り | 累計税引後CF | 税引後IRR |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
3年目 | 5,323.5 | 4,188.4 | 3,920.0 | 1,190.6 | 39.63% | 471.8 | 450.4 | 572.7 | −8.93% |
4年目 | 5,235.4 | 3,988.1 | 3,360.0 | 1,666.0 | 39.63% | 660.2 | 377.6 | 756.6 | −4.13% |
5年目 | 5,149.3 | 3,782.8 | 3,360.0 | 1,583.3 | 39.63% | 627.5 | 533.0 | 769.0 | 0.31% |
6年目 | 5,065.0 | 3,572.3 | 3,360.0 | 1,502.4 | 20.315% | 305.2 | 984.9 | 777.8 | 7.48% |
7年目 | 4,982.5 | 3,356.5 | 3,360.0 | 1,423.2 | 20.315% | 289.1 | 1,137.6 | 783.1 | 8.36% |
10年目 | 4,745.6 | 2,675.7 | 3,360.0 | 1,195.7 | 20.315% | 242.9 | 1,637.2 | 777.0 | 9.41% |
5年目と6年目の間に、税引後IRRで7.17ポイントの段差が生じています。
内訳を分解します。
価格の下落(−84.3万円)より、税率の切り替えによる減税(−322.2万円)と元本返済(+210.5万円)の合計のほうが圧倒的に大きい、という構図です。
表の「累計税引後CF」を見ると、4年目までは年間180万円台で積み上がっていたのに、5年目以降はほとんど増えていません。年間の税引後CFは4年目183.9万円から5年目12.4万円へ落ち込んでいます。
これは減価償却が4年で終わり、課税所得が一気に跳ね上がるためです。「4年償却の物件は、償却が切れた瞬間に保有し続けるうまみが薄れる」という力学と、「しかし税率の面では6年目まで待つべき」という力学が正面から衝突するのが、この物件タイプの難しさです。
ここまでの計算は「6年目まで待っても相場は想定どおりに推移する」という前提でした。実際には、待機中に相場が悪化するリスクがあります。
そこで、6年目の売却価格に下落率を掛けていき、5年目売却の税引後IRR(0.31%)と一致する点を逆算しました。
項目 | 金額・数値 |
|---|---|
5年目の売却価格 | 5,149.3万円(税引後IRR 0.31%) |
6年目の売却価格(下落なし) | 5,065.0万円(税引後IRR 7.48%) |
逆転する下落率 | 11.85% |
そのときの6年目売却価格 | 4,464.9万円 |
つまりこの条件では、1年待つ間に売却価格が11.85%下がっても、6年目に売ったほうが5年目に売るのと同じかそれ以上になります。5年目の価格からの下落幅で見れば、684万円の値下がりを吸収できる計算です。
逆に言えば、1年で12%を超える下落が確度高く見込まれる局面では、短期譲渡の税率を払ってでも売る判断が成立し得ます。この記事の分析は「常に待つべき」という結論ではありません。
ここが本記事で最も強調したい点です。上の11.85%という数字は、4年償却という極端に速い償却を前提にしています。償却年数だけを変えて再計算しました(建物比率40%=建物2,240万円は固定)。
償却年数 | 年間償却費 | 5年目売却の税引後IRR | 6年目売却の税引後IRR | 差 | 逆転する下落率 |
|---|---|---|---|---|---|
4年(築22年超・簡便法) | 560.0万円 | 0.31% | 7.48% | 7.17pt | 11.85% |
9年(築古・一部残存) | 248.9万円 | 1.93% | 5.50% | 3.57pt | 7.09% |
13年(築10年前後) | 172.3万円 | 2.45% | 4.75% | 2.31pt | 4.77% |
22年(新築木造) | 101.8万円 | 1.99% | 3.80% | 1.81pt | 3.00% |
償却が緩やかな物件では、5年目と6年目の差は1.81ptまで縮み、逆転する下落率も3.00%まで下がります。年3%の相場下落は決して珍しくない水準です。
つまり「5年の壁」は、すべての収益物件に等しく効く話ではありません。簿価がどれだけ削れているかで、待つ価値は3倍以上変わります。
4年償却を固定し、建物比率だけを変えた場合です。
建物比率 | 年間償却費 | 5年目の譲渡税 | 6年目の譲渡税 | 5年目IRR | 6年目IRR | 差 |
|---|---|---|---|---|---|---|
25% | 350.0万円 | 294.6万円 | 134.6万円 | 1.77% | 5.65% | 3.89pt |
40% | 560.0万円 | 627.5万円 | 305.2万円 | 0.31% | 7.48% | 7.17pt |
55% | 770.0万円 | 960.4万円 | 475.9万円 | −1.80% | 9.65% | 11.45pt |
建物比率が高いほど償却が大きく、簿価の減りが速いため、短期譲渡のダメージが拡大します。売買契約時の土地建物按分は、保有中の節税額だけでなく出口の税額にも直結することが数字で確認できます。
価格だけでなく、空室・出口利回り・家賃も同時に悪化する複合ストレスを当てました。
シナリオ | 設定 | 5年目IRR | 6年目IRR | 差 |
|---|---|---|---|---|
BASE | 空室5%/出口利回り+0.1pt/年/家賃下落0.7%/年 | 0.31% | 7.48% | 7.17pt |
STRESS | 空室10%/出口利回り+0.2pt/年 | −5.23% | 2.63% | 7.85pt |
SEVERE | 空室15%/出口利回り+0.3pt/年/家賃下落1.5%/年 | −17.03% | −7.55% | 9.47pt |
投資そのものの成績は当然悪化しますが、5年目と6年目の相対関係は逆転せず、むしろ差が広がりました。運営が悪化するほど譲渡所得も縮みますが、それ以上に「税率が半分になる効果」が残るためです。
ただしSEVEREでは6年目でも税引後IRRがマイナスです。「長期譲渡まで待てば救われる」わけではない点は明確にしておきます。税率区分は損失を利益に変える装置ではありません。
この分析は「5年以内には売るな」というルールを作るためのものではありません。次の3つの確認に使えます。
年間減価償却費が大きい(=簿価の減りが速い)物件ほど、短期譲渡のペナルティは重くなります。目安として、年間償却費が年間家賃と同程度かそれ以上になる築古短期償却物件は、この論点が最優先の検討事項になります。
「待つべきか」を感覚で判断せず、「1年待つ間に何%下がったら損か」という一つの数字に落とすと、相場観と突き合わせられます。今回の条件では11.85%でした。自分の物件で同じ逆算をすると、判断材料が明確になります。
購入時点で「◯年1月1日以降なら長期」という日付を出しておくと、売却打診のタイミングや、引渡日をまたぐ交渉の判断が変わります。決済が年をまたぐだけで税額が322万円動く場合があります。
なお今回の試算は売却価格・出口利回り・空室率をすべて固定した条件付きのものです。実際には借入額・金利・残債・売却価格の想定によって結果は大きく変わります。自分の条件で出口の数字を確認したい場合は、RE-AIの無料ツールから出口シミュレーションで売却時の試算をすることができます。
短期譲渡39.63%と長期譲渡20.315%という税率差は、今回の築古木造4年償却の条件では税引後IRRで7.17ポイント、売却手残りで451.8万円の差になりました。1年待つ間に売却価格が11.85%下がっても、なお待ったほうが有利という結果です。
一方で、償却が緩やかな物件では差は1.81ptに縮み、逆転ラインも3.00%まで下がります。「5年の壁」の重さは、物件の簿価がどれだけ削れているかで決まります。
そして忘れてはいけないのは、この判断が「投資として成立しているか」とは別問題だということです。SEVEREシナリオでは6年目まで待っても税引後IRRはマイナスでした。税率区分の最適化は、収益性・融資条件・エリアの賃貸需要といった土台の上に乗る話です。
今回のように、保有中の税引後CF・減価償却の切れ目・残債の減り方・出口利回りの推移・譲渡税の税率区分を同時に動かして比較すると、表計算だけでは確認項目がすぐに増えていきます。RE-AIでは、こうした複数条件をまとめて確認できるように設計しています。ただし最終的な投資判断は、個別の物件資料と税務の確認を経て、ご自身で行っていただくものです。
情報確認日:2026年8月28日
本記事の数値は、記載した前提条件にもとづくシミュレーションであり、実在の物件・取引・診断実績データではありません。税額は概算であり、実際の税務判断は税理士等の専門家にご確認ください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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