
収益物件の収支計算では、ほぼ必ず「空室率5%」といった1つの数字を入れます。しかしこの5%は平均値であって、実際に毎年きっちり5%で空室が発生するわけではありません。
そして重要なのは、同じ「期待空室率5%」でも、戸数が少ない物件ほど実際の空室率は激しく振れるという点です。4戸のアパートで1戸が3ヶ月空けば、その年の空室率は6.25%。2戸が同時に4ヶ月空けば16.7%になります。一方30戸の物件では、1戸の空室が全体に与える影響は7分の1以下です。
この記事では、表面利回り・自己資金比率・金利・経費率・期待空室率をすべて同一にしたまま、戸数だけを4戸・8戸・12戸・20戸・30戸に変えて20万回のモンテカルロシミュレーションを行い、年間キャッシュフローの下振れ幅とDSCRが1.2を割る確率がどれだけ変わるかを計算しました。
結論を先に言うと、5ケースの平均DSCRはすべて1.395で完全に同じです。それでもDSCR1.2割れ確率は4戸で21.6%、30戸で1.1%と約20倍の差がつきました。そして金利3.0%を超えると、この関係が逆転します。
収支シミュレーションで「空室率5%」と入力したとき、私たちが実際に見ているのは期待値です。ここで検証したいのは次の3つです。
DSCRの定義や1.2という水準の意味については、不動産投資のDSCRとは?1.2を下回ると融資が厳しくなる理由と計算例で解説しています。本記事はその前提の上に立ち、「平均のDSCR」ではなく「DSCRの分布」を見る分析です。
この分析は条件付きシミュレーションです。実際の物件統計ではなく、条件を明示的に固定した仮想ケースの計算結果です。戸数以外の収益条件をすべて揃えることで、「戸数だけの効果」を取り出しています。
項目 | 設定値 | 根拠・考え方 |
|---|---|---|
1戸あたり月額家賃 | 6.0万円 | 全ケース共通。戸数に比例して家賃総額が増える |
表面利回り | 8.0% | 全ケース共通。物件価格=年間満室家賃÷8% |
自己資金比率 | 10%(LTV90%) | 全ケース共通 |
金利/返済期間 | 2.0%/30年・元利均等 | 2026年8月時点のアパートローン変動金利の中位水準を想定 |
固定運営費 | 満室想定家賃の18% | 管理料・固定資産税・保険・共用光熱費・小修繕 |
退去1件あたり費用 | 21万円 | 原状回復15万円+広告料(家賃1ヶ月分)6万円 |
平均入居期間 | 4年(年間退去確率25%/戸) | 日管協調査の単身3年3ヶ月・ファミリー5年1ヶ月の中間 |
期待空室率 | 約5.1% | 後述のモデルから導出。全国平均入居率95.8%と整合 |
総戸数のみ。4戸・8戸・12戸・20戸・30戸の5パターンです。戸数に応じて物件価格・借入額・返済額はすべて比例して変わります。
戸数 | 物件価格 | 借入額(LTV90%) | 満室想定家賃/年 | 年間返済額 |
|---|---|---|---|---|
4戸 | 3,600万円 | 3,240万円 | 288万円 | 144万円 |
8戸 | 7,200万円 | 6,480万円 | 576万円 | 287万円 |
12戸 | 1億800万円 | 9,720万円 | 864万円 | 431万円 |
20戸 | 1億8,000万円 | 1億6,200万円 | 1,440万円 | 719万円 |
30戸 | 2億7,000万円 | 2億4,300万円 | 2,160万円 | 1,078万円 |
すべてのケースで「価格に対する家賃の比率」と「価格に対する借入の比率」が同一なので、期待値ベースの収益指標は理論上まったく同じになります。違いが出るとすれば、それは戸数由来のブレだけです。
空室率を「毎年一律5%」と置いてしまうと、この分析の目的が消えてしまいます。そこで空室を次の2段階の確率過程として計算しました。
この組み合わせから、期待空室率は 25% × 2.45ヶ月 ÷ 12ヶ月 = 約5.1% になります。日管協短観の全国平均入居率95.8%(=空室率4.2%)と近い水準です。
各戸数・各金利の条件について、この乱数試行を20万回繰り返し、年間NOI・年間キャッシュフロー・DSCRの分布を求めました。乱数シードは固定しています。計算に用いた式は次のとおりです。
まず平均値です。狙いどおり、5ケースの平均DSCRは小数第3位まで一致しました。
戸数 | 平均実現空室率 | 平均NOI | 平均年間CF | 平均DSCR |
|---|---|---|---|---|
4戸 | 5.08% | 201万円 | 57万円 | 1.396 |
8戸 | 5.11% | 401万円 | 114万円 | 1.395 |
12戸 | 5.09% | 602万円 | 170万円 | 1.395 |
20戸 | 5.10% | 1,003万円 | 284万円 | 1.395 |
30戸 | 5.10% | 1,504万円 | 426万円 | 1.395 |
一般的な収支計算で比較すると、この5物件はまったく同じ投資に見えます。表面利回りも実質利回りもDSCRもCCRも同じです。ここから先が本題です。
同じ期待空室率5.1%のもとで、実際に発生した空室率の分布は次のようになりました。
戸数 | 平均 | 上位5%点 | 上位1%点 | 20万回中の最悪値 | 空室率10%超の確率 |
|---|---|---|---|---|---|
4戸 | 5.08% | 14.58% | 18.75% | 37.50% | 18.84% |
8戸 | 5.11% | 11.46% | 14.58% | 27.08% | 10.17% |
12戸 | 5.09% | 10.42% | 13.19% | 22.92% | 5.75% |
20戸 | 5.10% | 9.17% | 10.83% | 17.08% | 1.96% |
30戸 | 5.10% | 8.33% | 9.72% | 14.72% | 0.64% |
4戸物件では、5年に1回程度(18.8%)の頻度で空室率が10%を超える計算になります。30戸物件では同じ事象が0.64%、つまり150年に1回程度です。期待値は同じでも、シミュレーションに入力すべき「悪い年」の空室率は物件規模によって別物だということです。
なお4戸物件の「最悪37.5%」は、4戸中3戸が退去し合計18ヶ月分空いたケースです。20万回に数回しか起きませんが、起こり得ない事象ではありません。
この空室のブレが、キャッシュフローとDSCRにどう伝わるかを見ます。
戸数 | 平均年間CF | CFの標準偏差 | 変動係数 | CF下位5%点 | CF赤字の確率 | DSCR下位5%点 | DSCR1.2割れ確率 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
4戸 | 57万円 | 32万円 | 0.559 | −0.5万円 | 5.15% | 0.996 | 21.61% |
8戸 | 114万円 | 45万円 | 0.395 | 35万円 | 1.16% | 1.121 | 11.30% |
12戸 | 170万円 | 55万円 | 0.322 | 73万円 | 0.29% | 1.170 | 7.20% |
20戸 | 284万円 | 71万円 | 0.249 | 162万円 | 0.01% | 1.226 | 3.06% |
30戸 | 426万円 | 87万円 | 0.204 | 276万円 | 0.00% | 1.256 | 1.15% |
読み取れることは3つあります。
①4戸物件は「悪い年の20回に1回」でキャッシュフローがゼロになる。 平均CFは57万円ですが、下位5%点は−0.5万円です。つまり平均的には年57万円残るのに、20年に1年程度は手残りゼロという分布になっています。
②DSCRの下位5%点は、4戸で0.996と1.0を割る。 平均1.396という数字だけを見て「余裕がある」と判断すると、実際には20年に1年はNOIが返済額に届かない年が来る計算です。
③変動係数は4戸で0.559、30戸で0.204。 戸数が7.5倍になるとブレは約2.7分の1。これは戸数の平方根におおむね比例する動きで、大数の法則が働いていることを示します。
1戸あたりに正規化すると差はさらに明確です。
戸数 | 1戸あたり平均CF | 下位5%点 | 下位1%点 |
|---|---|---|---|
4戸 | 14.2万円 | −0.1万円 | −7.6万円 |
8戸 | 14.2万円 | 4.4万円 | −0.5万円 |
12戸 | 14.2万円 | 6.1万円 | 2.4万円 |
20戸 | 14.2万円 | 8.1万円 | 5.3万円 |
30戸 | 14.2万円 | 9.2万円 | 7.0万円 |
1戸あたりの期待収益は全ケース14.2万円で同一。しかし下位1%点は−7.6万円から+7.0万円まで開きます。「1戸あたりいくら残るか」は物件規模に依存しませんが、「悪い年に1戸あたりいくら残るか」は完全に物件規模に依存します。
DSCR1.2割れ確率が5%を切る境界は、この条件ではおおむね16戸でした(14戸で5.6%、16戸で5.1%、18戸で3.9%)。
単年の確率は小さく見えても、保有期間は10年、20年と続きます。各年が独立と仮定して、10年間で少なくとも1回発生する確率に換算しました。
戸数 | 単年のDSCR1.2割れ確率 | 10年で1回以上 | 10年でCF赤字が1回以上 |
|---|---|---|---|
4戸 | 21.6% | 91.2% | 41.0% |
8戸 | 11.4% | 70.2% | 10.9% |
12戸 | 7.2% | 52.6% | 2.7% |
20戸 | 3.0% | 26.5% | 0.1% |
30戸 | 1.1% | 10.6% | 0.0% |
4戸物件を10年持てば、9割の確率でDSCRが1.2を割る年を経験し、4割の確率で単年キャッシュフローが赤字になる年を経験します。これは物件が悪いという意味ではありません。同じ期待収益率の投資でも、規模が小さいほど「悪い年」を引く回数が増えるという確率上の帰結です。
実務上の含意は明確で、小規模物件では手元資金(現金クッション)が収益条件そのものと同じくらい重要になります。この点は余剰資金500万円は繰上返済すべきか|期間短縮型・返済額軽減型・手元温存を検証で扱った「手元温存」の判断とも直結します。
ここまでは金利2.0%固定でした。金利だけを1.5%〜3.5%で動かし、DSCR1.2割れ確率がどう変わるかを再計算します(他の条件はすべて同じ)。
戸数 | 金利1.5% | 2.0% | 2.5% | 3.0% | 3.5% |
|---|---|---|---|---|---|
4戸 | 12.6% | 21.5% | 26.0% | 34.6% | 68.5% |
8戸 | 4.9% | 11.3% | 24.7% | 37.4% | 63.3% |
12戸 | 2.4% | 7.3% | 19.3% | 38.5% | 65.0% |
20戸 | 0.5% | 3.1% | 13.3% | 38.4% | 71.9% |
30戸 | 0.1% | 1.2% | 8.7% | 36.2% | 77.5% |
この表の右下は、直感に反する結果です。金利3.5%では、30戸物件のDSCR1.2割れ確率(77.5%)が4戸物件(68.5%)を上回ります。
理由は平均DSCRの位置にあります。この条件での平均DSCRは金利2.0%で1.395、3.0%で1.223、3.5%で1.148です。
言い換えると、分散が小さいことは「平均が十分に良いとき」にしか味方をしません。平均そのものが基準を割る水準まで悪化すれば、規模の大きさは救いになりません。「戸数が多いほど安全」という理解は、金利水準に依存した条件付きの命題です。
金利と空室率を同時に悪化させた決定論的なケース比較は、金利上昇×空室率、同時に悪化したらキャッシュフローはどこまで減る?8,000万円物件で20パターン試算で扱っています。本記事はそれを確率分布に拡張したものと位置づけられます。
ここまでは「LTV90%で買ったらどうなるか」を見てきました。逆に、DSCR1.2割れ確率を5%以下に抑えるには自己資金がいくら必要かを、戸数ごとに二分探索で逆算しました(金利2.0%・30年)。
戸数 | 物件価格 | 必要LTV | 必要自己資金比率 | 必要自己資金額 | そのときの平均DSCR | 平均年間CF | CCR(自己資金利回り) |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
4戸 | 3,600万円 | 74.7% | 25.3% | 910万円 | 1.681 | 81万円 | 8.9% |
8戸 | 7,200万円 | 84.1% | 15.9% | 1,144万円 | 1.493 | 132万円 | 11.6% |
12戸 | 1億800万円 | 87.8% | 12.2% | 1,322万円 | 1.430 | 181万円 | 13.7% |
20戸 | 1億8,000万円 | 91.9% | 8.1% | 1,451万円 | 1.365 | 268万円 | 18.5% |
30戸 | 2億7,000万円 | 94.2% | 5.8% | 1,557万円 | 1.332 | 375万円 | 24.1% |
この表がこの記事で最も実務的な部分です。読み方は次のとおりです。
①必要自己資金の「絶対額」は戸数が7.5倍になっても1.7倍にしかならない。 910万円(4戸・3,600万円)に対し、1,557万円(30戸・2億7,000万円)。ところが買える物件規模は7.5倍です。同じ安全度を確保するためのコストは、規模に対して急速に逓減します。
②同じ安全度に揃えるとCCRは8.9%から24.1%まで開く。 「同じ表面利回り8%の物件」であっても、リスクを揃えて比較すると自己資金効率はまったく別物になります。表面利回りの比較だけでは、この差は絶対に見えません。
③4戸物件でフルローンに近い借入は、確率的にはかなり攻めた選択になる。 逆算では、4戸物件で単年CF赤字確率を1%以下に抑えるには自己資金1,049万円(29.1%)が必要という結果でした。同じ基準を8戸物件で満たすのに必要な自己資金は812万円(11.3%)です。より小さい物件のほうが、より多くの現金を要求するという逆転が起きています。
自己資金比率とDSCRの基本的な関係は不動産投資の自己資金はいくら必要?頭金10%・20%・30%でDSCRと月々の返済を比較で整理しています。
ここまでは平均入居期間4年で計算しました。日管協の調査では単身世帯3年3ヶ月、ファミリー世帯5年1ヶ月と約2年の差があります。入居期間を変えるとDSCR1.2割れ確率は次のように動きます(金利2.0%・LTV90%)。
戸数 | 平均入居3年 | 4年 | 6年 | 8年 |
|---|---|---|---|---|
4戸 | 34.6% | 21.8% | 10.6% | 6.4% |
8戸 | 25.0% | 11.3% | 3.3% | 1.3% |
12戸 | 20.7% | 7.3% | 1.3% | 0.3% |
20戸 | 15.0% | 3.1% | 0.2% | 0.03% |
30戸 | 10.3% | 1.1% | 0.03% | 0.00% |
入居期間が3年か6年かで、DSCR1.2割れ確率は4戸で3.3倍、30戸では340倍変わります。入居期間は退去回数(=空室発生機会と原状回復・広告料の発生回数)を直接決めるため、空室率という単一の入力では捉えきれない影響を持ちます。
そして最も不利な組み合わせは「戸数が少ない × 入居期間が短い(単身・学生・社宅向け)」です。この条件(4戸・平均入居3年)ではDSCR1.2割れ確率が34.6%、つまり3年に1年の頻度になります。逆に「戸数が少ない × ファミリー向けで入居が長い」物件は10.6%まで下がり、8戸・入居4年(11.3%)とほぼ同水準です。戸数の少なさは、入居期間の長さである程度まで代替できるということです。
入居期間を延ばす施策の費用対効果については、築古アパートの空室対策、費用対効果で選ぶリフォーム優先順位ランキングTOP5もあわせてご確認ください。
この分析からは、単一の結論ではなく複数の判断軸が導かれます。
4戸物件で「空室率5%」を入力するのは、確率的には楽観的な前提です。この条件では上位5%点が14.6%でした。戸数が10戸を下回る物件では、平均に加えて「悪い年」の空室率(目安として平均の2.5〜3倍)でも収支を確認するのが妥当です。20戸以上ではこの倍率は1.8倍程度に落ち着きます。
平均DSCR1.395は、4戸でも30戸でも同じ数字です。しかし意思決定に効くのは「返済に窮する年が来るか」であり、それは平均値には表れません。融資審査で使われるDSCRは平均的な想定に基づきますが、投資家側は分布の下側を見るべきという非対称性があります。
4戸物件を10年保有すれば41%の確率で単年CFが赤字になる年が来ます。その年の赤字幅は下位1%点で年間約30万円(1戸あたり−7.6万円×4戸)です。この程度の現金を保有していれば乗り切れる問題でもあるという読み方もできます。物件を諦める理由ではなく、必要な準備の量を示す数字です。
金利3.5%では大規模物件のほうがDSCR1.2割れ確率が高くなりました。規模はブレを抑えるだけで、平均収益そのものを引き上げるわけではありません。金利上昇局面で規模を安全性の根拠にするのは危険です。
本記事は保有期間中のキャッシュフローとDSCRのみを扱っています。売却価格や出口利回りの変動は含んでいません。出口側の感応度は出口利回りが1%上がるとIRRはどこまで落ちるか|保有5年・10年・15年・20年で検証で別途検証しています。
なお、今回のように空室の発生確率、入居期間、金利、退去費用、自己資金比率を同時に動かすと、表計算だけでは確認すべき組み合わせが急速に増えます。RE-AIの無料診断では、こうした複数条件をまとめて確認できるよう設計しています。ただし本記事の確率分布そのものは仮定に基づく計算であり、個別物件の将来を保証するものではありません。
この分析には次の限界があります。結果を万能な結論として扱わないでください。
この分析の実務的な使い方は「小規模物件を避ける」ことではありません。同じ収支表に見える物件でも、必要な現金クッションと自己資金は規模によって大きく異なるという点を、購入前の資金計画に反映することです。
収益指標の基本的な計算方法は収益物件の収支計算完全ガイド|表面利回り・NOI・DSCR・IRRの計算方法と使い方にまとめています。
情報確認日:2026年8月16日
本記事の数値は、上記の公開データを前提条件の設定根拠として用いたうえで、RE-AIが独自に実施したモンテカルロシミュレーション(各条件20万回試行、乱数シード固定)の結果です。実際の物件の運用実績を集計したものではありません。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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