
融資の相談でDSCRが1.30と出ると、ひとまず安心する人が多いと思います。しかしその1.30は、買った年のNOIと、買った年の返済額で計算した1回だけの数字です。年間返済額は固定金利・元利均等なら20年間ほぼ一定ですが、分子のNOIは家賃下落・稼働率低下・運営費上昇で毎年削られていきます。つまりDSCRは、何もしなければ時間とともに下がり続ける指標です。
一般的な記事は「DSCRは1.2以上が目安」「金利が上がるとDSCRは下がる」で終わります。この記事で検証したのは、金利が1円も動かなくてもDSCRが落ちていく経路です。家賃・稼働率・運営費・修繕費を同時に劣化させて20年分のDSCRを年次で計算し、DSCR1.20を割る年を特定しました。そのうえで、10年・15年・20年にわたって1.20を維持するために必要な初期DSCRを逆算し、それを借入額の上限へ換算しています。情報確認日は2026年10月5日です。
本記事の数値はすべて条件付きシミュレーションです。実際の物件統計でも、RE-AIの診断実績データでもありません。劣化率の設定根拠にのみ公開データを使っています。
DSCRは「NOI ÷ 年間元利返済額」です。どちらも金額ですが、DSCRは比率なので、物件価格を2倍にしてNOIと借入額を同じ比率で動かしても値は変わりません。したがって「DSCRが何年目に1.20を割るか」という問いに、物件価格は本質的に効いてきません。効くのは、初期DSCRの水準と、NOIの年次劣化率だけです。
そこでこの分析では物件価格を一切設定せず、満室想定家賃(GPI)を基準にした相対構造で組みました。ただし修繕費の山を金額で扱う必要があるため、建物規模だけは「木造10戸」と固定しています。結果の読み替えができるよう、最後に借入上限だけは金額へ換算しました。
この構造上、以下の結果は3,000万円の物件でも3億円の物件でも同じように成立します。逆に言えば、物件価格を下げてもDSCRの劣化速度そのものは改善しません。改善するのは初期DSCRの水準だけです。
「DSCRが時間とともに劣化する」現象が最も素直に出るのは、賃料が市場に連動し、建物の修繕負担が周期的に発生する一棟物件です。区分マンション1戸では稼働率が0%か100%しかなく年次経路が階段状になり、都心大型RCでは賃料改定の性質が異なるため、ここでは地方中核市の郊外にある木造一棟アパートを想定しました。
項目 | 設定 | 設定理由 |
|---|---|---|
物件種別 | 木造一棟アパート 10戸 | 国交省の計画修繕の費用イメージが木造10戸で示されているため、修繕費を外部水準に合わせられる |
満室想定家賃(GPI) | 年660万円(1戸あたり月5.5万円) | 地方中核市郊外の木造1K〜1LDKの想定。金額ではなく、修繕費をGPI比で扱うための基準値 |
初期稼働率 | 95% | 収支計算で広く使われる「空室率5%」に合わせ、既存の慣行と比較できるようにした |
運営費(修繕費を除く) | 初年118.8万円(GPIの18%) | 管理委託料・固定資産税・保険料・共用部光熱費・原状回復費などの合計。家賃に連動せず独立して上昇する前提 |
修繕費 | 年38.5万円で平準化(GPIの5.8%) | 20年累計770万円。国交省の計画修繕の費用イメージ(木造10戸・30年で約1,750万円=年平均58.3万円)と比べると、20年保有分に限った控えめな水準 |
初年NOI | 469.7万円(GPI比71.2%) | 660×0.95−118.8−38.5。NOI率71.2%は一棟木造としては標準的な範囲 |
年間元利返済額(ADS) | 初期DSCRから逆算。1.30なら361.3万円 | 固定金利・元利均等のため20年間一定。金利変動は本記事の検証対象から外している |
保有期間 | 20年 | 木造の大規模修繕が1周(11〜15年目)入り、融資期間中にDSCRの底が来る長さ |
固定した条件:年間元利返済額、物件規模(10戸)、初期稼働率95%、修繕費の平準化額、保有期間20年。変更した条件:家賃改定率、稼働率の推移、運営費上昇率、初期DSCRの水準。
劣化率を感覚で置くと結果が意味を持たないため、3つのシナリオそれぞれに参照データを対応させました。ここだけが公開データ、それ以外は本記事の設定値です。
変数 | BASE | STRESS | SEVERE | 参照した公開データ |
|---|---|---|---|---|
家賃改定率(年) | 0.0% | ▲0.5% | ▲1.0% | 総務省CPIの民営家賃は全体で前年比+0.7%前後、木造は+0.2%前後。継続家賃ベースではほぼ横ばいだが、CPIは経年減価を調整しているため、個別物件の募集賃料下落はこれより大きくなる |
稼働率(20年後) | 95%維持 | 88% | 80% | 令和5年住宅・土地統計調査の賃貸用空き家率は全国6.8%。全国平均が維持される前提がBASE、築年経過で平均を下回っていく前提がSTRESS・SEVERE |
運営費上昇率(年) | +1.0% | +2.0% | +3.0% | CPI総合は直近で前年同月比+1.9%。管理・保険・工事費はこれを上回る費目が多い |
家賃下落カーブの置き方そのものは家賃下落「年1%」はどこで1%なのかで、運営費の上昇率は運営費の上昇は家賃で吸収できているのかで別途検証しています。本記事はその2本の結論を入力として使い、DSCRの時間軸へ接続しました。
初期DSCR1.30、つまり年間返済額361.3万円で固定したまま、3シナリオでDSCRの20年推移を計算しました。
経過年 | BASE | STRESS | SEVERE |
|---|---|---|---|
1年目 | 1.300 | 1.300 | 1.300 |
3年目 | 1.293 | 1.256 | 1.217 |
5年目 | 1.287 | 1.212 | 1.135 |
10年目 | 1.269 | 1.101 | 0.931 |
15年目 | 1.251 | 0.990 | 0.728 |
20年目 | 1.232 | 0.876 | 0.524 |
20年目のNOI(初年比) | ▲5.3% | ▲32.6% | ▲59.7% |
BASEは20年かけてもDSCR1.232、ほとんど落ちません。家賃横ばい・稼働率95%維持なら、運営費が年1%上がってもDSCRは0.068ptしか削られないということです。一方STRESSでは10年目に1.101、SEVEREでは10年目に0.931まで落ちます。DSCRが1.0を割るのは、NOIだけでは元利返済を賄えない状態です。
注目すべきは、ここで金利を1円も動かしていない点です。金利上昇×空室率の同時悪化では金利が主役でしたが、DSCRは金利が据え置かれていても、賃料と運営費の側だけで0.4pt前後動きます。
次に初期DSCRを1.20・1.30・1.40・1.50に変え、それぞれDSCR1.20を初めて下回る年を求めました。1.20という水準は融資承認ラインではなく、返済余力の比較基準として使っています。
初期DSCR | BASE | STRESS | SEVERE |
|---|---|---|---|
1.20 | 2年目 | 2年目 | 2年目 |
1.30 | 20年間維持(28年目に割れ) | 6年目 | 4年目 |
1.40 | 20年間維持 | 10年目 | 6年目 |
1.50 | 20年間維持 | 13年目 | 8年目 |
最も明確な転換点は初期DSCR1.20の行です。1.20ちょうどで買うと、家賃が横ばいで稼働率95%を維持できても、運営費が年1%上がるだけで2年目に1.20を割ります。「DSCR1.2以上が目安」という説明は、その1.2が初年度にしか存在しないことを前提にしていません。
なぜこうなるかは、1行の計算で確かめられます。DSCRがDから1.20へ落ちるのは、NOIが「1 − 1.20 ÷ D」だけ減ったときです。
初期DSCR | 1.20を割るまでに許容されるNOI低下率 |
|---|---|
1.20 | 0.0% |
1.25 | 4.0% |
1.30 | 7.7% |
1.40 | 14.3% |
1.50 | 20.0% |
初期DSCR1.30が持っている余裕は、NOIで7.7%分です。STRESSシナリオでNOIが7.7%減るのは5〜6年目、SEVEREでは3〜4年目にあたります。表2の「6年目」「4年目」はこの数字と一致します。つまり初期DSCRは「あと何%のNOI低下に耐えるか」を表す数値であり、その%を劣化速度で割れば年数が出る、という単純な構造です。
ここまでを逆向きに解きます。各シナリオで、DSCR1.20をN年間下回らないために必要な初期DSCRを求めました。
維持したい期間 | BASE | STRESS | SEVERE |
|---|---|---|---|
10年 | 1.229 | 1.416 | 1.675 |
15年 | 1.247 | 1.577 | 2.142 |
20年 | 1.267 | 1.781 | 2.976 |
SEVEREで20年なら必要初期DSCRは2.976、つまり借入をほぼ使えない水準です。ただしこれは「家賃が年1%下がり、稼働率が80%まで落ち、運営費が年3%上がる」状態が20年間一直線に続く前提の裏返しでもあります。この行は「レバレッジをかけるべきでない」という結論ではなく、20年先までDSCRを保証しようとすると前提の置き方で答えが発散することを示すものとして読むのが適切です。
実務的に使いやすいのはSTRESSの10年、1.416です。これを借入上限へ換算します。年間返済額はローン定数K(借入1円あたりの年間元利返済額)を使うと、借入上限=NOI ÷(必要DSCR × K)で求められます。
融資条件(25年) | DSCR1.20基準 | BASE10年基準 1.229 | STRESS10年基準 1.416 | SEVERE10年基準 1.675 |
|---|---|---|---|---|
金利2.0%(K=0.0509) | 7,696万円 | 7,514万円 | 6,522万円 | 5,513万円 |
金利2.5%(K=0.0538) | 7,271万円 | 7,099万円 | 6,162万円 | 5,209万円 |
金利3.0%(K=0.0569) | 6,878万円 | 6,716万円 | 5,829万円 | 4,928万円 |
STRESS前提で10年DSCR1.20を維持しようとすると、借入上限は1.20基準から15.3%減になります。この15.3%という削減率は、金利2.0%でも3.0%でも同じです。必要DSCRの比がそのまま借入上限の比になるため、金利交渉や融資期間の延長では、この削減幅を埋められません。埋める手段は自己資金の追加か購入価格の見直しのどちらかです。ローン定数Kの考え方そのものはイールドギャップは「利回り−金利」では測れないで詳しく扱っています。
この逆算は、ご自身のNOIと融資条件があれば初年度分までは同じ計算で確認できます。RE-AIの無料DSCRシミュレーターで初年度のDSCRと返済余力を計算すると、そこに上の「許容NOI低下率」の表を当てれば、自分の物件があと何%のNOI低下に耐えるかまで読み替えられます。
ここまでのNOIには、平準化した修繕費38.5万円を毎年計上しています。これを計上しない場合、同じ物件・同じ返済額でDSCRはこう変わります。
NOIの置き方 | 初年NOI | 初年DSCR |
|---|---|---|
修繕費を計上しない | 508.2万円 | 1.407 |
修繕費を年38.5万円で平準化 | 469.7万円 | 1.300 |
差は0.107ptです。表2に戻すと、DSCR1.40相当に見えていた物件が実は1.30相当だった、という読み替えになります。STRESSなら「10年目に1.20割れ」が「6年目に1.20割れ」へ4年前倒しされます。修繕費をどう織り込むかの検証は修繕費「家賃の5%」で足りるのかにまとめてあります。
さらに、平準化をやめて実支出ベースで見ると、大規模修繕の年にDSCRは単年で崩れます。国交省の費用イメージを年次に展開し、外壁・屋根の工事520万円を13年目に置いた場合です。
13年目の内訳(BASE) | 金額 |
|---|---|
実効総収入(EGI) | 627万円 |
運営費(修繕費を除く) | 134万円 |
修繕支出 | 520万円 |
NOI | ▲27万円 |
年間元利返済額 | 361万円 |
返済原資の不足額 | 388万円 |
BASEシナリオ、つまり家賃も稼働率もまったく悪化していない前提でも、修繕を単年で現金払いすると、その年は返済原資が388万円足りません。DSCRという指標はこの単年の山を映さないため、DSCRが健全でも資金ショートは起こり得ます。修繕の山に必要な手元資金の逆算は大規模修繕の年、手元資金はいくら必要かで扱っています。
SEVEREの3つの悪化要因を1つずつ単独で効かせ、10年目のDSCR(初期1.30)への寄与を分解しました。
悪化させた変数 | 10年目DSCR | BASEとの差 |
|---|---|---|
なし(BASE) | 1.269 | — |
家賃▲1.0%/年のみ | 1.119 | ▲0.150pt |
稼働率95→80%のみ | 1.139 | ▲0.130pt |
運営費+3.0%/年のみ | 1.200 | ▲0.069pt |
3つ同時(SEVERE) | 0.931 | ▲0.338pt |
単独影響の単純合計は▲0.349pt、同時悪化の実測は▲0.338ptでした。差は0.011ptしかありません。DSCRにおいては、複数要因が同時に悪化しても影響は掛け算的に増幅せず、ほぼ足し算になります。これはIRRやCCRと異なる性質です。IRRは売却価格と保有期間を通じて複利的に効くため、同時悪化で単純合計を超えることがありますが、DSCRは単年のNOIと固定の返済額の比なので、加法的に近くなります。
したがって実務上は、3つの要因をまとめて「ストレスシナリオ」として扱わず、家賃・稼働率・運営費それぞれについて許容低下幅を別々に管理するほうが扱いやすくなります。影響の大きさは家賃下落>稼働率低下>運営費上昇の順で、運営費は家賃の半分以下の影響でした。ただしこれは稼働率を「20年で15pt低下」と置いた結果に依存しており、入退去の多い物件では順位が入れ替わる可能性があります。入替コストが稼働率の見かけ以上にNOIを削る点は「空室率5%」の収支計算は年CFを46%過大に見せるで検証しています。
この分析から取り出せる使い方は4つあります。
年次の経路まで自分の条件で動かしたい場合は、RE-AIの無料キャッシュフローシミュレーターで家賃下落・空室を入れた年次収支を試算すると、本記事と同じ方向の劣化を自分の数値で確認できます。
今回のように家賃改定率、稼働率、運営費上昇率、修繕周期を同時に動かしながら年次で追う作業は、表計算では確認項目が増えて取り違えが起きやすくなります。RE-AIではこうした複数条件をまとめて確認できるよう設計していますが、融資の可否や将来のDSCRを保証するものではありません。最終的な判断は金融機関・管理会社・税理士への確認とあわせて行ってください。
DSCR1.30は「安全な物件」を意味しません。それは「NOIが7.7%減るまでは返済額を下回らない」という、幅のある一時点の記述です。家賃が年0.5%下がり、稼働率が20年で7pt落ち、運営費が年2%上がる前提を置くと、その7.7%は6年で使い切られます。
判断に使えるのは、DSCRの絶対値ではなく、何年先まで1.20を残したいかを決めてから初期DSCRと借入上限を逆算する順序です。10年を基準にするなら必要初期DSCRは1.416、借入上限は1.20基準より15.3%低くなります。そして、その15.3%は金利交渉では埋まりません。
DSCRという指標自体の定義と目安は不動産投資のDSCRとは、NOIや利回りとの関係は収益物件の収支計算完全ガイド、融資条件側の整理は不動産投資ローン完全ガイドにまとめています。
情報確認日:2026年10月5日。本記事の試算値はすべて条件付きシミュレーションであり、以下の公開データは劣化シナリオの設定根拠としてのみ使用しています。
関連記事:不動産投資のDSCRとは/収益物件の収支計算完全ガイド/不動産投資ローン完全ガイド/イールドギャップはローン定数Kで測り直す/修繕費「家賃の5%」で足りるのか/大規模修繕の年、手元資金はいくら必要か/運営費の上昇は家賃で吸収できているのか/家賃下落「年1%」はどこで1%なのか/金利上昇×空室率、同時に悪化したらCFはどこまで減るか
本記事は条件を設定したシミュレーションであり、投資助言ではありません。実際の融資条件、DSCRの審査上の扱い、将来の家賃・稼働率・運営費は個別事情により異なります。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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