
収益物件の税引後キャッシュフローを大きく動かすのは、家賃でも金利でもなく減価償却であることがあります。とくに中古の木造アパートは償却期間が短く、ある年を境に手残りが急に減ります。
ただし一般的な解説記事の多くは「デッドクロス(元金返済額が減価償却費を上回る状態)に注意」という概念説明で止まっており、実際に何年目に、いくら減るのかまでは示されていません。
そこでこの記事では、価格8,000万円・築10年の一棟アパートを想定し、木造・重量鉄骨造・RC造の3構造について、融資条件をすべて同じに固定したうえで減価償却期間だけを変え、30年分の税引後キャッシュフロー・累計手残り・税引後IRR・売却時の譲渡税まで計算しました。
結論を先に書くと、この条件ではデッドクロスが起きた年ではなく、減価償却が終わった年に税引後CFが年93.5万円(前年比56.2%)減少しました。また、減価償却による節税額のうち約68%は売却時の譲渡税として戻っていくことも確認できました。
指標そのものの定義や基本的な計算方法は収益物件の収支計算完全ガイドで整理しています。この記事は、その内容を数値で検証する位置づけです。
本稿の数値は実際の物件統計ではなく、条件を固定したシミュレーションです。以下の条件を設定して筆者が計算しました。
項目 | 設定 |
|---|---|
物件価格 | 8,000万円(土地3,200万円/建物4,800万円=建物比率60%) |
築年数 | 10年(中古取得) |
満室想定年間家賃 | 640万円(表面利回り8.0%) |
空室損失 | 満室家賃の5%=32万円 |
運営費 | 満室家賃の15%=96万円(管理料・小修繕・固定資産税・保険等) |
NOI(営業純利益) | 512万円(実質利回り6.40%) |
借入 | 7,000万円/金利2.0%/期間30年/元利均等 |
年間返済額 | 310.5万円(月258,734円)/DSCR 1.65 |
税引前CF | 201.5万円(毎年一定) |
自己資金 | 1,000万円+購入諸費用560万円(価格の7%)=初期投資1,560万円 |
税率 | 限界税率30%(所得税20%+住民税10%。給与所得がある個人を想定) |
家賃下落・金利変動 | なし(後半のストレスケースを除く) |
変えたのは建物構造(=減価償却期間)だけです。融資条件も家賃も一切変えていません。実務では構造によって融資期間が変わりますが、それを混ぜると「償却の効果」と「融資期間の効果」が分離できないため、あえて同一条件にしています。融資期間そのものの影響は融資期間25年・30年・35年で何が変わるかで別途検証しています。
中古資産の耐用年数は、国税庁が示す簡便法で算出しました。
簡便法:(法定耐用年数-経過年数)+経過年数×0.2(1年未満切捨て、2年未満は2年)
構造 | 法定耐用年数 | 築10年での耐用年数 | 定額法償却率 | 年間減価償却費 |
|---|---|---|---|---|
木造 | 22年 | (22-10)+10×0.2=14年 | 0.072 | 345.6万円 |
重量鉄骨造(骨格材4mm超) | 34年 | (34-10)+10×0.2=26年 | 0.039 | 187.2万円 |
RC造 | 47年 | (47-10)+10×0.2=39年 | 0.026 | 124.8万円 |
そのうえで、各年について次の順に計算しています。
減価償却費は建物価額4,800万円を上限とし、耐用年数の最終年で簿価がゼロになるよう調整しています(木造14年目は307.2万円)。建物附属設備を分離償却していない点は後述の「限界」で触れます。
デッドクロス=減価償却費が元金返済額を下回る年、として発生年を求めました。1年目の元金返済額は172.1万円です。
構造 | 年間償却費 | 1年目の元金返済 | デッドクロス発生年 |
|---|---|---|---|
木造 | 345.6万円 | 172.1万円 | 15年目(償却終了と同時) |
重量鉄骨造 | 187.2万円 | 172.1万円 | 6年目 |
RC造 | 124.8万円 | 172.1万円 | 1年目(購入初年度から) |
この条件のRC造は、買った瞬間からすでにデッドクロス状態です。それでもRC造の1年目の税引後CFは126.9万円の黒字でした。
つまり、「デッドクロス=赤字」ではありません。デッドクロスは「帳簿上の利益が手残りより大きくなり始める点」を示しているだけで、それ単体では投資の可否を判断できない指標です。デッドクロス発生年だけを見て物件を選別すると、償却期間の長いRC造がすべて不合格になってしまいます。
木造の13〜17年目を1年刻みで見ると、変化の場所がはっきりします。
年 | 支払利息 | 元金返済 | 減価償却費 | 課税所得 | 税額 | 税引前CF | 税引後CF |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
13年目 | 91.8 | 218.7 | 345.6 | 74.6 | 22.4 | 201.5 | 179.1 |
14年目 | 87.4 | 223.1 | 307.2 | 117.4 | 35.2 | 201.5 | 166.3 |
15年目 | 82.9 | 227.6 | 0.0 | 429.1 | 128.7 | 201.5 | 72.8 |
16年目 | 78.3 | 232.2 | 0.0 | 433.7 | 130.1 | 201.5 | 71.4 |
17年目 | 73.6 | 236.9 | 0.0 | 438.4 | 131.5 | 201.5 | 70.0 |
(単位:万円)
14年目から15年目にかけて、税引前CFは201.5万円のまま1円も変わっていないのに、税引後CFは166.3万円→72.8万円へ93.5万円(56.2%)減少しました。月あたり約7.8万円の減少です。
減った理由は税額だけです。課税所得が117.4万円から429.1万円へ3.7倍になり、税額が35.2万円から128.7万円へ増えました。この段差はデッドクロス(12年目→13年目あたりの緩やかな変化)ではなく、償却終了という一点で発生しています。
重量鉄骨造でも同じ現象が26年目→27年目に起き、税引後CFは92.0万円→54.3万円(▲37.7万円)となりました。RC造は償却期間39年が融資期間30年より長いため、返済期間中に段差は発生しません。
年 | 木造(償却14年) | 重量鉄骨造(26年) | RC造(39年) |
|---|---|---|---|
1年目 | 193.1 | 145.6 | 126.9 |
5年目 | 188.8 | 141.3 | 122.6 |
10年目 | 183.0 | 135.4 | 116.7 |
14年目 | 166.3 | 130.3 | 111.6 |
15年目 | 72.8 | 128.9 | 110.2 |
20年目 | 65.6 | 121.8 | 103.1 |
26年目 | 56.0 | 92.0 | 93.4 |
累計(15年) | 2,662.2 | 2,064.6 | 1,783.8 |
累計(20年) | 3,004.8 | 2,688.0 | 2,313.6 |
(単位:万円。税引前CFは全構造・全年で201.5万円で同一)
注目すべきは15年目に順位が逆転する点です。1〜14年目は木造が最も手残りが多く、15年目以降は最も少なくなります。同じ物件価格・同じ家賃・同じ融資条件でも、構造だけで初年度の税引後CFに66.2万円(木造193.1万円 対 RC造126.9万円)の差が生まれています。
減価償却は費用計上した分だけ建物簿価が下がるため、売却時の譲渡所得が増えます。長期譲渡(譲渡年1月1日時点で所有5年超)の税率は20.315%です。
保有中の節税額(累計償却×30%)と、売却時に増える譲渡税(累計償却×20.315%)を比較しました。
構造 | 保有年数 | 累計償却費 | 保有中の節税額 | 売却時の追加譲渡税 | 差引(実質的な節税) |
|---|---|---|---|---|---|
木造 | 10年 | 3,456.0 | 1,036.8 | 702.1 | 334.7 |
15年 | 4,800.0 | 1,440.0 | 975.1 | 464.9 | |
重量鉄骨造 | 10年 | 1,872.0 | 561.6 | 380.3 | 181.3 |
15年 | 2,808.0 | 842.4 | 570.4 | 272.0 | |
RC造 | 10年 | 1,248.0 | 374.4 | 253.5 | 120.9 |
15年 | 1,872.0 | 561.6 | 380.3 | 181.3 |
(単位:万円)
木造15年保有の場合、保有中に1,440万円の節税をしていますが、売却時に975.1万円が譲渡税として戻ります。手元に残るのは464.9万円、節税額の32.3%だけです。
この比率は税率差そのもので、(30% − 20.315%)÷ 30% = 32.3%と一致します。つまり減価償却は「節税」ではなく、主として「税の繰延べ」であり、恒久的に減るのは税率差の分だけということです。逆に言えば、限界税率が高い人ほど(税率差が大きいほど)実質的な節税効果は大きくなり、限界税率が20.315%を下回る人は減価償却によって税負担が増える可能性すらあります。この点は法人化すべきタイミングの判断とも直結します。
保有中の税引後CFに、売却時の手取りを加えて税引後IRRを計算しました。売却前提は次のとおりです。
構造 | 保有年数 | 累計税引後CF | 建物簿価 | 譲渡税 | 残債 | 売却手取り | 税引後IRR |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
木造 | 6年 | 1,142.7 | 2,726.4 | 108.7 | 5,914.2 | 998.8 | 7.22% |
10年 | 1,881.8 | 1,344.0 | 389.6 | 5,114.5 | 1,517.6 | 11.97% | |
15年 | 2,662.2 | 0.0 | 662.6 | 4,020.7 | 2,338.4 | 13.08% | |
20年 | 3,004.8 | 0.0 | 662.6 | 2,811.9 | 3,547.2 | 12.84% | |
重量鉄骨造 | 6年 | 857.6 | 3,676.8 | 0.0 | 5,914.2 | 1,107.5 | 4.90% |
10年 | 1,406.6 | 2,928.0 | 67.8 | 5,114.5 | 1,839.4 | 10.19% | |
15年 | 2,064.6 | 1,992.0 | 257.9 | 4,020.7 | 2,743.1 | 11.15% | |
20年 | 2,688.0 | 1,056.0 | 448.1 | 2,811.9 | 3,761.7 | 11.06% | |
RC造 | 6年 | 745.3 | 4,051.2 | 0.0 | 5,914.2 | 1,107.5 | 3.55% |
10年 | 1,219.4 | 3,552.0 | 0.0 | 5,114.5 | 1,907.2 | 9.31% | |
15年 | 1,783.8 | 2,928.0 | 67.8 | 4,020.7 | 2,933.2 | 10.43% | |
20年 | 2,313.6 | 2,304.0 | 194.6 | 2,811.9 | 4,015.2 | 10.31% |
(単位:万円。IRRは初期投資1,560万円に対する自己資金ベース)
読み取れることは3つあります。
出口利回り自体がIRRに与える影響は出口利回りが1%上がるとIRRはどこまで落ちるかで検証しています。
ここまではすべて順調に運営できた前提です。実際には金利上昇と空室が同時に起こり得るため、次のストレス条件でも計算しました。
変更:金利2.0%→3.0%/空室率5%→15%(他は同一)
NOI 448.0万円/年間返済額 354.1万円/DSCR 1.265
構造 | 1年目 | 10年目 | 15年目 | 20年目 | 初めてマイナスになる年 |
|---|---|---|---|---|---|
木造 | 125.5 | 112.0 | -1.0 | -11.8 | 15年目 |
重量鉄骨造 | 78.0 | 64.4 | 55.2 | 44.4 | 27年目 |
RC造 | 59.3 | 45.7 | 36.4 | 25.7 | 30年目 |
(単位:万円。税引後CF)
DSCRは1.265で、一般に融資審査で目安とされる1.2は下回っていません。DSCRは税引前の指標なので、この危険はDSCRを見ているだけでは検出できません。木造は償却期間中の税引後CFが厚いため、償却が切れるまで問題が見えない構造になっています。
なお、この分析では「マイナスになる年」を示していますが、20年目でも年▲11.8万円であり、破綻水準ではありません。過度に悲観的に読む必要はなく、償却切れ後に耐えられる自己資金・修繕積立を確保できているかという観点で使ってください。
木造15年目(償却切れ後)に、償却切れ前と同水準の税引後CF150万円を確保するには、NOIがいくら必要かを逆算しました。
必要NOI = 622.3万円(基準512.0万円に対し+110.3万円)
満室想定家賃換算 = 756.1万円(基準640万円に対し+18.1%)
築25年の木造アパートで家賃を18%引き上げるのは、通常の運営では現実的ではありません。償却切れによる手残りの減少は、家賃の努力では埋められない規模だという結果です。埋めるとすれば、繰上返済で利息を減らすか、売却するか、別の償却資産を追加するか、といった選択肢になります。
木造を15年目に売却する前提で、出口利回りを変えて税引後IRRを計算しました。
出口利回り | 売却価格 | 譲渡税 | 売却手取り | 税引後IRR |
|---|---|---|---|---|
6.5% | 7,877 | 772.3 | 2,768.8 | 13.68% |
7.0% | 7,314 | 662.6 | 2,338.4 | 13.08% |
7.5% | 6,827 | 567.5 | 1,965.4 | 12.50% |
8.0% | 6,400 | 484.3 | 1,639.0 | 11.96% |
8.5% | 6,024 | 410.9 | 1,351.0 | 11.43% |
9.0% | 5,689 | 345.6 | 1,095.0 | 10.92% |
(単位:万円。木造・15年保有・初期投資1,560万円)
出口利回りが6.5%から9.0%へ2.5ポイント悪化しても、税引後IRRは13.68%→10.92%と2.76ポイントの低下にとどまりました。売却価格は7,877万円→5,689万円へ2,188万円下がっているのに影響が緩やかなのは、(1)15年間の累計税引後CF2,662万円がすでに回収済みであること、(2)売却価格が下がると譲渡税も減る(772.3万円→345.6万円)ことの2つが効いているためです。
これは長期保有が出口価格リスクに対する緩衝材になることの定量的な裏づけでもあります。逆に6年保有のケースでは、同じ出口価格の悪化がIRRにはるかに大きく効きます。
今回のように、減価償却・金利・空室・売却時の譲渡税を同時に動かすと、表計算だけでは確認項目が急速に増えます。RE-AIでは、収益性・融資・出口を分けて確認できるよう設計しています。ただしAIも個別物件の建物状態や実際の融資条件までは判断できないため、あくまで論点の抜け漏れを減らす道具としてお使いください。
これらは相関ではなく計算結果ですが、「木造だから税引後IRRが高くなる」という因果関係を示すものではありません。今回の結果は、償却期間・融資条件・税率という複数の設定値の組み合わせによって生じたものです。
本稿の数値はすべて上記の設定条件に基づくシミュレーションであり、実際の物件統計ではありません。条件が変われば結論も変わります。
データ区分:本記事の数値は【シミュレーション】(条件設定に基づく計算)と【公開データ】(国税庁の耐用年数・償却率・税率)で構成されています。RE-AIの診断実績等の【実データ】は使用していません。
情報確認日:2026年8月13日(税率・耐用年数等の制度は変更される場合があります)
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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