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リスク・契約

最低賃金は5年で+26.6%、民営家賃は+1.1%|入居者の所得から見た「家賃の上限」を47都道府県で逆算した

最低賃金は5年で+26.6%、民営家賃は+1.1%|入居者の所得から見た「家賃の上限」を47都道府県で逆算した

令和8年度の地域別最低賃金は、全国加重平均で1,177円になりました。前年度の1,121円から+56円、引上げ率は5.0%です。同じ時期の民営家賃(消費者物価指数・全国)の前年同月比は+0.7%、木造に限れば+0.2%でした。

この差を見て、「入居者の所得は上がっているのだから、家賃も上げられるのではないか」と考える投資家は少なくありません。一方で、実際に家賃が上がっている実感はほとんどない、という声もあります。

この記事では、この「上げ余地」を数字で確かめます。賃貸の入居審査でよく使われる「家賃は月収の3分の1以内」という目安を使い、最低賃金でフルタイム就労した場合に審査を通る上限家賃を47都道府県すべてで計算し、現況の家賃水準がその上限のどこにあるかを比較しました。そのうえで、家賃改定率の違いが「同じ物件にいくらまで払えるか」をどれだけ動かすかを逆算しています。

この記事で検証する3つの疑問

  • 最低賃金でフルタイム就労した人が入居審査を通る上限家賃は、都道府県別にいくらか。令和8年度の改定でいくら上がったか
  • 現況の家賃水準は、その上限に対してどれだけ余裕(=値上げ余地)を残しているか。都市部と地方ではどちらが天井に近いか
  • 家賃改定率の違いは、同じNOIの物件に対して「いくらまで払えるか」をどれだけ動かすか

エリアの賃貸需要そのものの調べ方は賃貸需要の調べ方完全ガイド、エリア判断の全体像は収益物件のエリア分析完全ガイドで整理しています。この記事はそこに「入居者の支払能力側の上限」という軸を足すものです。

使ったデータと、固定した前提

数字の性質を混ぜないために、使用データを区分して示します。

区分

内容

出典・時点

公開データ

令和8年度・令和7年度の地域別最低賃金(47都道府県)

厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定状況」(令和8年)

公開データ

民営借家(専用住宅)の1か月当たり家賃

総務省「令和5年住宅・土地統計調査」基本集計

公開データ

民営家賃の前年同月比(全国)

総務省「消費者物価指数」2026年8月分

シミュレーション

月額換算・上限家賃・家賃負担率

下記の前提で当サイトが計算

架空ケース

第5章の木造一棟アパート

説明目的で設定した条件(実在物件ではありません)

固定した前提

  • 月平均所定労働時間:173.8時間(365日÷7×40時間÷12か月)
  • 月収は額面(税・社会保険料控除前)。賃貸の入居審査や家賃保証会社の与信で用いられる「月収の3分の1」は、実務上おおむね額面で見られるため、ここでも額面を分母にしています
  • 審査ライン:家賃=月収の33.3%(3分の1)
  • 家賃は共益費・管理費を含み、敷金・礼金・駐車場代を含まない(住宅・土地統計調査の定義)

変更した条件

  • 都道府県(47通り)
  • 最低賃金の年度(令和7年度・令和8年度)
  • 住宅の建て方(共同住宅の木造・非木造、一戸建、長屋建)
  • 第5章のみ、家賃改定率(年▲1.0%〜+2.5%の5水準)

【分析1】最低賃金から逆算した「審査を通る上限家賃」47都道府県

計算は単純です。

  • 額面月収=最低賃金(時間額)×173.8時間
  • 上限家賃=額面月収÷3

全国加重平均の1,177円なら、額面月収は204,563円、上限家賃は68,188円になります。令和7年度の1,121円では194,830円・64,943円でした。改定によって上限家賃は全国平均で3,244円上がりました。

都道府県

令和8年度
最低賃金

月額換算
(額面)

上限家賃
(令和8年度)

上限家賃
(令和7年度)

増加額

全国加重平均

1,177円

204,563円

68,188円

64,943円

+3,244円

東京都

1,280円

222,464円

74,155円

71,026円

+3,128円

神奈川県

1,279円

222,290円

74,097円

70,968円

+3,128円

大阪府

1,231円

213,948円

71,316円

68,188円

+3,128円

埼玉県

1,196円

207,865円

69,288円

66,102円

+3,186円

千葉県

1,195円

207,691円

69,230円

66,044円

+3,186円

愛知県

1,195円

207,691円

69,230円

66,044円

+3,186円

京都府

1,180円

205,084円

68,361円

65,001円

+3,360円

兵庫県

1,172円

203,694円

67,898円

64,654円

+3,244円

静岡県

1,154円

200,565円

66,855円

63,553円

+3,302円

三重県

1,143円

198,653円

66,218円

62,974円

+3,244円

広島県

1,141円

198,306円

66,102円

62,858円

+3,244円

滋賀県

1,136円

197,437円

65,812円

62,568円

+3,244円

茨城県

1,136円

197,437円

65,812円

62,220円

+3,592円

北海道

1,131円

196,568円

65,523円

62,278円

+3,244円

栃木県

1,125円

195,525円

65,175円

61,873円

+3,302円

岐阜県

1,121円

194,830円

64,943円

61,699円

+3,244円

群馬県

1,120円

194,656円

64,885円

61,583円

+3,302円

富山県

1,119円

194,482円

64,827円

61,525円

+3,302円

長野県

1,117円

194,135円

64,712円

61,467円

+3,244円

福岡県

1,114円

193,613円

64,538円

61,236円

+3,302円

山梨県

1,113円

193,439円

64,480円

60,946円

+3,534円

石川県

1,113円

193,439円

64,480円

61,062円

+3,418円

福井県

1,112円

193,266円

64,422円

61,004円

+3,418円

新潟県

1,108円

192,570円

64,190円

60,830円

+3,360円

奈良県

1,107円

192,397円

64,132円

60,888円

+3,244円

岡山県

1,104円

191,875円

63,958円

60,656円

+3,302円

徳島県

1,103円

191,701円

63,900円

60,598円

+3,302円

和歌山県

1,101円

191,354円

63,785円

60,540円

+3,244円

山口県

1,101円

191,354円

63,785円

60,424円

+3,360円

宮城県

1,098円

190,832円

63,611円

60,135円

+3,476円

大分県

1,096円

190,485円

63,495円

59,961円

+3,534円

佐賀県

1,095円

190,311円

63,437円

59,671円

+3,766円

福島県

1,094円

190,137円

63,379円

59,845円

+3,534円

愛媛県

1,093円

189,963円

63,321円

59,845円

+3,476円

山形県

1,092円

189,790円

63,263円

59,787円

+3,476円

島根県

1,092円

189,790円

63,263円

59,845円

+3,418円

熊本県

1,092円

189,790円

63,263円

59,903円

+3,360円

香川県

1,092円

189,790円

63,263円

60,019円

+3,244円

岩手県

1,090円

189,442円

63,147円

59,729円

+3,418円

秋田県

1,090円

189,442円

63,147円

59,729円

+3,418円

青森県

1,090円

189,442円

63,147円

59,613円

+3,534円

鳥取県

1,090円

189,442円

63,147円

59,671円

+3,476円

鹿児島県

1,090円

189,442円

63,147円

59,440円

+3,708円

長崎県

1,087円

188,921円

62,974円

59,729円

+3,244円

沖縄県

1,086円

188,747円

62,916円

59,266円

+3,650円

高知県

1,086円

188,747円

62,916円

59,266円

+3,650円

宮崎県

1,085円

188,573円

62,858円

59,266円

+3,592円

注目すべきは、上限家賃の都道府県間の差が小さいことです。最も高い東京都(74,155円)と最も低い宮崎県(62,858円)の差は11,297円、倍率で1.180倍しかありません。最低賃金の地域差が18.0%しかないので、そこから導かれる上限家賃の地域差も18.0%に収まります。

【分析2】現況家賃は、上限のどこにあるか

次に、令和5年住宅・土地統計調査の民営借家(専用住宅)の家賃を、同じ分母で割ります。

区分

1か月当たり家賃

最低賃金
(令和8年度)

額面月収

家賃負担率

上限家賃

上限までの
余地

全国・民営借家 平均

65,496円

1,177円

204,563円

32.0%

68,188円

+4.1%

全国・共同住宅(木造)

53,152円

1,177円

204,563円

26.0%

68,188円

+28.3%

全国・共同住宅(非木造)

68,999円

1,177円

204,563円

33.7%

68,188円

▲1.2%

全国・一戸建

61,583円

1,177円

204,563円

30.1%

68,188円

+10.7%

東京都・民営借家 平均

94,802円

1,280円

222,464円

42.6%

74,155円

▲21.8%

東京23区・民営借家 平均

100,530円

1,280円

222,464円

45.2%

74,155円

▲26.2%

東京23区・共同住宅(木造)

67,869円

1,280円

222,464円

30.5%

74,155円

+9.3%

宮崎県・民営借家 平均

46,290円

1,085円

188,573円

24.5%

62,858円

+35.8%

青森県・民営借家 平均

46,340円

1,090円

189,442円

24.5%

63,147円

+36.3%

ここから3つのことが読めます。

(1)全国平均の家賃は、前年度まで審査ラインを超えていた

令和7年度の最低賃金1,121円では、上限家賃は64,943円。全国平均の民営借家家賃65,496円は、これを553円超えていました(家賃負担率33.6%)。令和8年度の改定で上限が68,188円に上がり、はじめて平均家賃が審査ラインの内側に入りました。

「最低賃金フルタイムでは、全国平均的な賃貸住宅をようやく単独で借りられるようになった」という水準です。ここを割って考えると、最低賃金層が主要な入居者になる物件では、家賃の設定余地はもともとかなり薄いことが分かります。

(2)天井に近いのは都市部、遠いのは地方

家賃の地域差は、東京都94,802円÷宮崎県46,290円=2.048倍(+104.8%)。これに対して最低賃金の地域差は1.180倍(+18.0%)にとどまります。所得の地域差より家賃の地域差のほうが圧倒的に大きいため、支払能力の天井に近いのは都市部になります。

東京都の平均家賃は最低賃金フルタイムの額面の42.6%、23区では45.2%で、審査ラインを大きく超えています。つまり23区の平均的な賃貸住宅は、最低賃金層を単独の入居者として想定した商品ではありません。ただし23区でも共同住宅(木造)の平均は67,869円で負担率30.5%。木造アパートの家賃帯に限れば、都心でも最低賃金層の射程に入ります。

(3)非木造の共同住宅は、全国平均でも審査ラインを超えている

全国の共同住宅(非木造)の平均家賃68,999円は、上限家賃68,188円を811円超えます(負担率33.7%)。RC・鉄骨のマンションタイプは、最低賃金層単独では審査に乗りにくい家賃帯だということです。

【分析3】最低賃金は5年で+26.6%、民営家賃は+1.1%

「余地」は時系列でも広がっています。最低賃金(全国加重平均)と、消費者物価指数の民営家賃(全国)を並べます。

年度

最低賃金
全国加重平均

前年比

CPI民営家賃
(全国)前年比

令和元年度(2019)

901円

—

—

令和2年度(2020)

902円

+0.1%

—

令和3年度(2021)

930円

+3.1%

▲0.1%

令和4年度(2022)

961円

+3.3%

0.0%

令和5年度(2023)

1,004円

+4.5%

0.0%

令和6年度(2024)

1,055円

+5.1%

+0.2%

令和7年度(2025)

1,121円

+6.3%

+0.3%

令和8年度(2026)

1,177円

+5.0%

+0.7%

2021→2026 累積

+26.6%

—

+1.10%

※最低賃金は年度ごとの改定額、CPI民営家賃は各年1月(2026年のみ8月)の前年同月比をもとにした累積。累積値は単純な複利で積み上げた概算です。

5年で最低賃金は+26.6%、民営家賃は+1.10%。差は約24倍です。2026年8月時点の内訳を見ると、民営家賃(非木造)が前年同月比+0.8%に対し、民営家賃(木造)は+0.2%。木造アパートの家賃はほぼ動いていません。

所得側の天井は上がり続けているのに、家賃はついていっていない。したがって、家賃が上がらない理由を「入居者にそれ以上払う力がないから」で説明することは、少なくとも地方の木造アパートの家賃帯については難しいということになります。制約は需給側にあると考えるほうが整合的で、貸家の純供給圧を都道府県別に計算した賃貸の需給が緩んでいるのは16県だけだったの結果と合わせて読むと見通しが立ちます。

【分析4】余地があっても使い切れない理由——改定機会は入替時しかない

では、全国の共同住宅(木造)に残っている+28.3%の余地は、どのくらいのスピードで使えるのでしょうか。

実務上、入居中の賃料を引き上げるのは容易ではありません。現実的な改定機会は、退去後の募集時です。そこで「年間の入替率」×「入替時の改定幅」で実効的な年間上昇率を計算します。

年間入替率

入替時の改定幅

実効年間上昇率

+28.3%を使い切るまで

20%(平均入居5年)

+3%

0.60%

41.7年

20%(平均入居5年)

+5%

1.00%

25.0年

25%(平均入居4年)

+3%

0.75%

33.4年

25%(平均入居4年)

+5%

1.25%

20.1年

33%(平均入居3年)

+3%

0.99%

25.3年

33%(平均入居3年)

+5%

1.65%

15.2年

最も速い「入替率33%×改定幅+5%」でも15.2年、現実的な「入替率25%×+5%」なら20.1年かかります。保有10年を想定する投資家にとって、28.3%の余地は10年では半分も使えません。

しかも入替は無料ではありません。退去1回あたりの入替コストを試算した「空室率5%」の収支計算は年CFを46%過大に見せるでは、1回30.7万円という水準になりました。入替時の値上げを狙って回転を上げると、値上げ分が入替コストに食われる可能性があります。募集条件の調整と値上げのバランスは家賃3,000円の値下げは、AD2.75ヶ月分に相当するでも別の角度から検証しています。

逆に言えば、「所得の天井までまだ余地がある」ことと「家賃を上げられる」ことは別の話だということです。この区別が、次の章の価格判断に直接効いてきます。

【分析5】家賃改定率の違いは「いくらまで払えるか」をどれだけ動かすか

ここから投資判断に落とします。架空ケースを設定し、税引前IRR5.0%を満たす最大購入価格を家賃改定率別に逆算します。

物件価格を先に決めず上限価格を逆算するのは、読者の物件価格に依存しない形で「家賃改定率の金銭的な価値」を示すためです。

設定した架空ケース

  • 木造一棟アパート8戸、1戸あたり月額賃料52,000円(全国の民営借家・共同住宅(木造)平均53,152円に近い家賃帯。この帯は最低賃金層が主要な入居者層になりうる水準として選びました)
  • 満室想定年間家賃 4,992,000円
  • 空室・滞納率 5%(固定)
  • 年間運営費 948,480円=初年度実効総収入の20%を実額で固定(家賃変動の影響だけを見るため、運営費は上昇させていません)
  • 初年度NOI 3,793,920円
  • 融資:LTV80%、金利2.5%、期間25年、元利均等(固定)
  • 購入諸費用:価格の8.0%(固定)/自己資金=価格の28.0%
  • 保有10年、出口還元利回り9.0%、売却費用4%(固定)
  • 変更するのは家賃改定率のみ(年▲1.0%/0.0%/+0.7%/+1.25%/+2.5%)

+0.7%はCPI民営家賃(全国)の実績、+1.25%は分析4の「入替率25%×入替時+5%」の実効値、+2.5%は所得の天井までの余地28.3%を10年で均した年率2.52%に相当します。

家賃改定率(年)

IRR5.0%を満たす
最大購入価格

そのときの
表面利回り

初年度
DSCR

10年目NOI

10年後の
出口価格

据え置き前提
との差

▲1.0%(下落)

5,271万円

9.47%

1.671

338万円

3,712万円

▲8.2%

0.0%(据え置き)

5,741万円

8.69%

1.534

379万円

4,215万円

—

+0.7%(CPIの実績)

6,093万円

8.19%

1.446

410万円

4,596万円

+6.1%

+1.25%(入替時改定の実効値)

6,382万円

7.82%

1.380

435万円

4,912万円

+11.2%

+2.5%(天井までの余地を10年で均した水準)

7,088万円

7.04%

1.243

497万円

5,691万円

+23.5%

家賃改定率を年0.0%から+0.7%に変えるだけで、払える価格は6.1%(約351万円)増えます。逆に年▲1.0%で見るなら8.2%(約470万円)下げなければ同じIRRになりません。表面利回りに換算すると、据え置き前提の8.69%に対し、+0.7%前提では8.19%。家賃が年0.7%上がる前提を置くことは、表面利回りを0.50pt甘く見ることと同義です。

効果の71%は出口価格に出る

この差はどこから来ているのか分解します。価格を据え置き前提の5,741万円に固定し、家賃改定率だけを変えた場合の内訳です。

家賃改定率

10年間CF累計の差

売却手残りの差

合計

出口の寄与率

+0.7%

+152万円

+365万円

+518万円

70.6%

+1.25%

+276万円

+669万円

+945万円

70.8%

+2.5%

+571万円

+1,417万円

+1,988万円

71.3%

▲1.0%

▲208万円

▲484万円

▲692万円

69.9%

いずれのシナリオでも、差額の約71%は出口価格側から出ています。家賃改定は毎月のキャッシュフローよりも、収益還元で評価される売却価格に効くということです。還元利回り一定の前提では、NOIの変化がそのまま価格に乗るためです。

これは裏を返せば、家賃を上げられるかどうかの読み違いは、月々の手残りよりも出口で跳ね返るという意味になります。売却価格の決まり方そのものについては売却価格の天井は「買い手が何年借りられるか」で決まるも参照してください。

転換点:年▲0.97%でIRRはゼロになる

据え置き前提の上限価格5,741万円で買った場合の転換点です。

  • 家賃改定率が年▲0.97%になると、10年の税引前IRRは0%(投下自己資金1,608万円を名目で回収するだけ)
  • 家賃改定率が年▲2.11%になると、10年目のDSCRが1.20を割る(初年度DSCRは1.534)

IRRがゼロになる下落率(▲0.97%)のほうが、DSCRが警戒域に入る下落率(▲2.11%)より先に来ます。家賃下落は、返済が苦しくなる前に収益性を壊します。DSCRを見ているだけでは家賃下落の影響を捉えきれない、ということです。DSCRが時間とともにどう劣化するかはDSCR1.30で買った物件は何年目に1.20を割るのかで別途検証しています。

読み違えたときのコスト

最も痛いのは、家賃上昇を前提に価格を払ったのに、実際には上がらなかった場合です。

購入時に置いた前提

払った価格

実際に家賃が据え置きだった場合の10年IRR

家賃据え置き

5,741万円

5.00%

家賃+0.7%/年

6,093万円

1.78%

家賃+2.5%/年

7,088万円

▲9.62%

+0.7%という控えめな前提でも、外れればIRRは5.00%→1.78%に落ちます。+2.5%を前提に23.5%高く払うと、据え置きだった時点でマイナスです。所得の天井に余地があることを値付けの根拠にするのは、相当に危険だと分かります。

この試算では空室率5%・金利2.5%・出口還元利回り9.0%を固定しています。実際には借入条件や空室率も物件ごとに違い、家賃を据え置いても運営費だけが上がるケースもあります。自分の物件条件で家賃据え置き・下落のケースを確認したい場合は、RE-AIの無料キャッシュフローシミュレーターで家賃下落率を変えながら試算できます(家賃下落率・空室率・保有年数を入力でき、損益分岐空室率と損益分岐金利まで出ます)。

結果から分かること

  1. 最低賃金層の支払能力は、家賃の上限としてはかなり近いところにある。令和7年度の最低賃金では、全国平均の民営借家家賃(65,496円)は「月収の3分の1」ラインを553円超えていました。令和8年度の改定でようやく内側に入っています。
  2. 天井に近いのは都市部、遠いのは地方。最低賃金の地域差は18.0%しかないのに、家賃の地域差は2.048倍。東京23区の平均家賃(100,530円)は最低賃金フルタイムの額面の45.2%で、審査ラインの外側です。
  3. 家賃が上がらない理由を所得で説明するのは難しい。最低賃金は5年で+26.6%、民営家賃(全国)は+1.10%、木造に限れば直近でも前年同月比+0.2%。所得側の天井は上がり続けています。
  4. 余地があっても、使い切るには20年前後かかる。入替時にしか改定できない制約を入れると、木造共同住宅に残る+28.3%の余地は、入替率25%×改定幅+5%でも20.1年。
  5. 家賃改定率の前提は、払える価格を大きく動かす。年0.0%と+0.7%で最大購入価格は6.1%違い、効果の約71%は出口価格に出ます。表面利回りに換算すれば0.50pt分の甘さに相当します。
  6. 読み違いのコストは非対称。+0.7%前提で6.1%高く払って据え置きだった場合、IRRは5.00%→1.78%。一方、据え置き前提で買って実際に+0.7%上がった場合は、想定より良い結果になるだけです。

投資判断への使い方

1. 現況賃料が「所得の天井」に対してどこにあるかを確認する

検討物件の1戸あたり賃料を、そのエリアの最低賃金×173.8÷3と比べます。負担率が30%を超えているなら、その賃料は最低賃金層では審査が通りにくい水準です。入居者属性が正社員や年金受給者に寄っていないか、レントロールで確認する価値があります。レントロールの読み方はレントロールの見方にまとめています。

2. 値付けには家賃据え置きを使い、上昇は「外れてもよい上乗せ」として扱う

分析5のとおり、家賃上昇を前提に価格を払うと、外れたときの損失が大きく出ます。上限価格は据え置き前提で計算し、所得天井までの余地は「下落リスクへの緩衝」として位置づけるほうが、判断は壊れにくくなります。

3. 「上げられるか」は所得ではなく需給で確認する

所得の天井に余地があっても、同じエリアで募集賃料が下がっていれば値上げはできません。エリアの純供給圧は貸家着工・滅失・世帯増から計算した純供給圧、家賃の下落カーブは家賃下落「年1%」は、どこで1%なのかで確認できます。

4. 現況賃料が相場より高い物件では、天井の議論より先に相場との乖離を見る

現況賃料が周辺相場を上回っている物件は、所得天井までの余地があっても、入替時に下がります。この影響は現況賃料が相場より10%高い満室物件は、何%値下げすれば引き合うのかで試算しています。

5. 金利・運営費との相殺関係もあわせて見る

家賃上昇を期待する動機の一つは、金利上昇や運営費上昇の相殺です。必要な家賃上昇率は金利1%上昇は、家賃が何%上がれば相殺できるのか、運営費の上昇は家賃で吸収できているのかで計算しており、いずれも実勢の家賃上昇率では届いていません。インフレ下の実質IRRについては「不動産投資はインフレに強い」は本当かも参考になります。

この分析では分からないこと

  1. 実際の入居者の所得は分かりません。最低賃金フルタイムは「入居者の所得の下限側」を置いたものです。正社員・共働き世帯・年金受給者・学生(親の収入で審査)など、入居者属性によって天井はもっと高くなります。この分析は、低家賃帯の物件で最低賃金層が主要な入居者層になる場合に当てはまります。
  2. 「月収の3分の1」は唯一の基準ではありません。家賃保証会社や管理会社の与信基準は、手取りベース、年収の一定割合、保証人の有無など会社ごとに異なります。3分の1は目安であり、法令上の基準ではありません。
  3. 最低賃金とフルタイム就労は必ずしも結びつきません。最低賃金で働く層にはパート・短時間労働者が多く、173.8時間の就労を前提にできないケースがあります。その場合、実際の支払能力はここで計算した額面月収を下回ります。
  4. 家賃データは令和5年時点、全国・都道府県平均です。住宅・土地統計調査の家賃は2023年10月時点で、市区町村・築年数・駅距離・間取りによる差は含みません。検討物件の家賃帯とは乖離します。
  5. 相関と因果を分けていません。最低賃金が上がったことと家賃が上がらないことは同時に観測された事実ですが、最低賃金の上昇が家賃に影響しないと示したわけではありません。家賃の動きには供給量、金利、建築費、人口移動、サブリースの改定サイクルなど複数の要因が同時に関与します。
  6. 今後の最低賃金の推移は分かりません。第5章は家賃改定率を外生的に与えた条件付きシミュレーションで、最低賃金が今後も年5%上がり続ける前提は置いていません。
  7. 個別物件の競争力、建物状態、管理状態、税務条件、売却時の市場環境は織り込んでいません。出口還元利回り9.0%・売却費用4%はいずれも固定した仮定です。

まとめ

令和8年度の最低賃金改定(全国加重平均1,177円、+5.0%)によって、最低賃金フルタイムで審査を通る上限家賃は全国平均で68,188円になり、前年度から3,244円上がりました。全国平均の民営借家家賃65,496円は、前年度まではこのラインを553円超えていました。

所得側の天井には余地があります。全国の共同住宅(木造)の家賃帯なら+28.3%、地方では+35%以上。しかし入替時にしか改定できない制約を入れると、その余地を使い切るには20年前後かかります。そして実勢の民営家賃は5年で+1.10%、木造では直近でも前年同月比+0.2%しか動いていません。

投資判断としては、収益性は家賃据え置き前提でも成立させられるが、家賃上昇を前提に価格を上乗せすると出口価格への感応度が一気に高まるという整理になります。家賃改定率を年0.0%から+0.7%に変えるだけで払える価格は6.1%動き、その差の約71%は出口価格側から出ています。読み違えた場合のIRRは5.00%から1.78%へ落ちました。

一方で、所得の天井にまだ余地があること自体は、家賃下落リスクに対する緩衝としては意味があります。「上げられる根拠」ではなく「下がりにくさの材料」として扱うのが、この数字の使い方だと考えています。

今回のように家賃改定率、空室率、金利、出口還元利回りを同時に動かすと、確認すべき組み合わせは急速に増えます。RE-AIでは収益性・価格査定・融資・リスク・出口戦略を複数の視点から並行して確認できるよう設計していますが、個別物件の建物状態や入居者属性まで判断できるわけではありません。最終的な判断には現地と書類の確認が必要です。

なお、家賃水準の違いが収益還元での価格にどう反映されるかを自分の数値で確かめたい場合は、RE-AIの無料ツールで収益還元法による収益価格を試算できます。

参考資料・出典

  • 厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金額改定状況」(PDF)/厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」
  • 厚生労働省「2023年度の最低賃金決定額について」(最低賃金全国加重平均額の推移、PDF)
  • 総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査 住宅及び世帯に関する基本集計」(結果の概要・PDF)
  • 公益財団法人生命保険文化センター「住む地域などによって家賃はどのくらい違う?」(令和5年住宅・土地統計調査 表130-2 民営借家(専用住宅)1か月当たり家賃をもとにした集計)
  • 総務省統計局「消費者物価指数」2026年8月分 全国(PDF)/2026年9月分 東京都区部(PDF)

情報確認日:2026年10月17日。最低賃金は令和8年度改定額(発効日は都道府県ごとに令和8年10月1日〜12月2日)。家賃は令和5年住宅・土地統計調査(2023年10月1日時点)。消費者物価指数は2026年8月分(全国)。制度・統計はいずれも更新されるため、判断時点の最新値をご確認ください。

本記事の試算は条件を設定したシミュレーションであり、特定物件の投資成果を予測・保証するものではありません。投資判断は読者ご自身の責任で行ってください。

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この記事を書いた人

鈴木基公

鈴木基公

RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者

不動産投資収益物件分析融資分析出口戦略

1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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