
収益物件の収支計算をするとき、多くの人は「空室率5%」「空室率10%」という一つの数字で空室リスクを織り込みます。しかし実際に現金が出ていくのは、空室期間の家賃損失だけではありません。入居者が退去するたびに、原状回復費・広告料(AD)・仲介手数料が同時に発生します。
そこで今回は、空室率という「率」ではなく、入居者の入替という「イベント」から収支を組み直すとどうなるかを検証しました。価格8,000万円・12戸の一棟アパートを条件に、平均入居年数を3年3ヶ月〜8年まで動かし、年間キャッシュフロー・DSCR・10年IRRがどこまで変わるかを計算しています。
結論から書くと、一般的な「空室率5%」の収支計算は、この物件条件では年間キャッシュフローを46%過大に見せていました。しかも見落とし額の71%は、空室期間の家賃損失ではありませんでした。
検証したのは次の4点です。
なお本記事の数値は、RE-AIの診断実績データではなく、条件を固定したシミュレーションです。使用データの区分は次のとおりです。
区分 | 内容 |
|---|---|
公開データ | 平均居住期間(日本賃貸住宅管理協会「2022年日管協短観」)、原状回復の費用負担区分(国土交通省ガイドライン)、AD(広告料)の一般的な相場水準 |
シミュレーション | 年間キャッシュフロー・DSCR・IRRなど本記事の全計算結果 |
架空ケース | 物件条件(価格8,000万円・12戸・家賃月4.5万円など) |
実データ | 本記事では使用していません |
項目 | 設定 |
|---|---|
物件価格 | 8,000万円(木造一棟アパート・12戸) |
月額家賃 | 1戸あたり4.5万円 |
満室想定年間家賃 | 648万円(表面利回り8.10%) |
借入 | 7,000万円/金利2.0%/30年/元利均等 |
年間返済額 | 310.5万円 |
自己資金 | 1,000万円+購入諸費用560万円(価格の7%)= 初期投下1,560万円 |
管理委託料 | 実収賃料の5% |
固定資産税・都市計画税 | 年50万円 |
共用部光熱費・清掃等 | 年20万円 |
建物修繕(経年起因・入替とは別枠) | 年20万円 |
損害保険 | 年8万円 |
家賃下落 | 年間CFの比較表では0%(入替コストの効果を分離するため)/IRR計算のみ年▲0.5% |
本記事の最大の特徴は、空室率を「前提として与える」のではなく、平均入居年数と空室期間から計算で導いている点です。計算式は次のとおりです。
つまり「空室率5%」という数字は独立した前提ではなく、平均入居年数3年3ヶ月・空室期間2ヶ月というイベントの結果として現れる数字である、という整理です。情報確認日:2026年8月15日。
入居者が1回入れ替わると、オーナー側には次の3種類の支出・機会損失が同時に発生します。
項目 | 設定(基準ケース) | 金額 |
|---|---|---|
空室期間の家賃損失 | 2ヶ月 × 4.5万円 | 9.00万円 |
原状回復のオーナー負担分 | 1回あたり | 15.00万円 |
募集費用(AD+仲介手数料) | 家賃1.5ヶ月分 | 6.75万円 |
合計 | 30.75万円 |
ここで注目したいのは構成比です。30.75万円のうち、空室期間の家賃損失は9.00万円(29%)にすぎません。残りの21.75万円(71%)は、原状回復と募集費用という「空室率には表れない支出」です。
原状回復のオーナー負担が発生する理由は、国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」の考え方にあります。壁紙などは経過年数を考慮して残存価値を直線的に減らしていくため、入居期間が長いほど賃借人負担割合は小さくなり、その分オーナー負担が増えます。長期入居は入替回数を減らす一方、1回あたりの原状回復オーナー負担は増えるという逆方向の力が働く点は、後述の「分析の限界」でも触れます。
空室期間2ヶ月・原状回復15万円・募集1.5ヶ月分を固定し、平均入居年数だけを動かした結果です。日管協短観による平均居住期間(単身3年3ヶ月/ファミリー5年1ヶ月)を基準点として含めています。
平均入居年数 | 年間入替回数 | 空室損失 | 原状回復 | 募集費用 | 入替コスト計 | 導出された空室率 | NOI | 年間CF | DSCR |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2年6ヶ月 | 4.80回 | 43.2万 | 72.0万 | 32.4万 | 147.6万 | 6.7% | 372.2万 | 61.7万 | 1.20 |
3年3ヶ月(単身世帯平均) | 3.69回 | 33.2万 | 55.4万 | 24.9万 | 113.5万 | 5.1% | 405.7万 | 95.2万 | 1.31 |
4年 | 3.00回 | 27.0万 | 45.0万 | 20.2万 | 92.2万 | 4.2% | 426.7万 | 116.2万 | 1.37 |
5年1ヶ月(ファミリー世帯平均) | 2.36回 | 21.2万 | 35.4万 | 15.9万 | 72.6万 | 3.3% | 446.1万 | 135.6万 | 1.44 |
6年 | 2.00回 | 18.0万 | 30.0万 | 13.5万 | 61.5万 | 2.8% | 457.0万 | 146.5万 | 1.47 |
8年 | 1.50回 | 13.5万 | 22.5万 | 10.1万 | 46.1万 | 2.1% | 472.1万 | 161.7万 | 1.52 |
読み取れることは3つです。
ここが今回の検証の中心です。上記の基準ケース(平均入居年数3年3ヶ月)から導出される空室率は5.1%でした。そこで、まったく同じ物件を「空室率5.1%だけ」で計算した場合と比較します。
計算方法 | NOI | 年間CF | DSCR |
|---|---|---|---|
空室率5.1%のみ計上(一般的な収支計算) | 486.0万円 | 175.6万円 | 1.57 |
入替コストを全額計上(本記事の計算) | 405.7万円 | 95.2万円 | 1.31 |
差 | ▲80.3万円 | ▲80.3万円(▲46%) | ▲0.26 |
空室率という指標は、定義上「家賃が入らなかった期間」しか表現できません。原状回復費と募集費用は、空室率をいくら精緻にしても構造的に入ってこない項目です。この物件条件では、その見落とし額が年80.3万円、年間キャッシュフローの46%に達しました。
この乖離は入居年数や原状回復費の前提によって変わります。ご自身の物件条件では → 空室率を変えて年間キャッシュフローを比較する(無料ツール)
DSCRへの影響も見逃せません。1.57であれば多くの金融機関の基準を余裕をもって満たしますが、1.31は「基準は満たすが余裕は小さい」水準です。DSCRの基本的な見方は不動産投資のDSCRとは?1.2を下回ると融資が厳しくなる理由と計算例で整理しています。
平均入居年数を3年3ヶ月に固定し、空室期間と原状回復費を同時に動かした年間CFです(募集費用は1.5ヶ月分で固定)。
原状回復(1回あたり)\空室期間 | 1ヶ月 | 2ヶ月 | 3ヶ月 |
|---|---|---|---|
10万円 | 129.5万円 | 113.7万円 | 97.9万円 |
15万円(基準) | 111.0万円 | 95.2万円 | 79.5万円 |
25万円 | 74.1万円 | 58.3万円 | 42.5万円 |
40万円 | 18.7万円 | 2.9万円 | ▲12.8万円 |
感応度を比べると、空室期間を1ヶ月縮めると年15.8万円の改善、原状回復費を5万円下げると年18.5万円の改善です。この物件条件では、原状回復費5万円の削減のほうが空室期間1ヶ月の短縮よりわずかに効きます。空室対策というと募集力・広告に意識が向きやすいのですが、退去立会いと工事発注の精度も同程度の金額インパクトを持つことになります。
設備更新の費用対効果については築古アパートの空室対策、費用対効果で選ぶリフォーム優先順位ランキングTOP5も参考になります。
現実には、入居年数の短縮・空室期間の長期化・原状回復費の増加・AD競争の激化は、同じ市場環境で同時に起こりがちです。4シナリオで複合的に動かしました。
シナリオ | 条件 | 入替回数 | 入替コスト計 | 導出空室率 | NOI | 年間CF | DSCR |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
BASE | 入居5年1ヶ月/空室1.5ヶ月/原状回復10万/募集1.0ヶ月 | 2.36回 | 50.2万 | 2.5% | 468.2万 | 157.7万 | 1.51 |
STANDARD | 入居3年3ヶ月/空室2ヶ月/原状回復15万/募集1.5ヶ月 | 3.69回 | 113.5万 | 5.1% | 405.7万 | 95.2万 | 1.31 |
STRESS | 入居2年6ヶ月/空室3ヶ月/原状回復25万/募集2.0ヶ月 | 4.80回 | 228.0万 | 10.0% | 292.8万 | ▲17.6万 | 0.94 |
SEVERE | 入居2年/空室4ヶ月/原状回復35万/募集2.5ヶ月 | 6.00回 | 385.5万 | 16.7% | 137.5万 | ▲173.0万 | 0.44 |
STRESSシナリオは、極端な想定ではありません。導出される空室率は10.0%で、収支計算で広く使われる「空室率10%」とちょうど同じ水準です。ところが年間CFは▲17.6万円、DSCRは0.94。空室率10%を織り込んだつもりの収支計算と、実際に空室率10%が発生する運営状態とでは、結論が黒字と赤字で逆転します。
これは金利上昇と空室率悪化を同時に見た金利上昇×空室率、同時に悪化したらキャッシュフローはどこまで減る?8,000万円物件で20パターン試算と同じ構図で、単一変数の感応度分析では捉えきれない領域です。
空室期間2ヶ月・原状回復15万円・募集1.5ヶ月分を固定し、平均入居年数だけを連続的に動かして境界値を探しました。
境界 | 平均入居年数 |
|---|---|
年間CFが100万円を下回る | 3.39年(3年5ヶ月) |
DSCRが1.3を下回る | 3.19年(3年2ヶ月) |
年間CFがゼロになる | 1.75年(1年9ヶ月) |
注意したいのは、DSCR1.3を割る境界(3年2ヶ月)が、単身世帯の平均居住期間3年3ヶ月とほぼ重なっていることです。単身向けの間取りで、平均的な入居年数で回っているだけの物件が、この融資条件では余裕のあるDSCRを確保できない計算になります。これらの数値は本記事の条件(金利2.0%・30年・自己資金1,000万円)に限定された結果であり、融資条件が変われば境界も動きます。融資期間や自己資金の影響は融資期間25年・30年・35年で何が変わるか|自己資金4パターン×12通りでDSCR・CF・出口の手残りを検証で検証しています。
ここからは結果から条件を逆算します。「家賃を下げると長く住んでもらえる」という主張は定性的には広く語られますが、いくらまで下げてよいのかは計算されないことが多い部分です。
基準ケース(月4.5万円・平均入居年数3年3ヶ月・年間CF95.2万円)と年間CFが同額になる家賃を、入居年数ごとに逆算しました。
実現できる平均入居年数 | 許容できる月額家賃 | 現行4.5万円からの下げ幅 | 下げ率 |
|---|---|---|---|
4年 | 4.33万円 | ▲1,657円 | ▲3.7% |
5年1ヶ月 | 4.19万円 | ▲3,133円 | ▲7.0% |
6年 | 4.11万円 | ▲3,944円 | ▲8.8% |
8年 | 4.00万円 | ▲5,044円 | ▲11.2% |
読み方はこうです。月3,133円(7.0%)の家賃減額と引き換えに平均入居年数が3年3ヶ月から5年1ヶ月へ延びるなら、年間CFは変わりません。それ以上の効果が出るなら減額のほうが有利になります。
ただしこの逆算には重要な留保があります。家賃を下げれば入居年数が延びるという因果関係は、この計算では仮定として置いているだけで、証明されたものではありません。長期入居している部屋の家賃が相対的に安いという相関が観察されることはありますが、それは「安いから住み続けた」のか「住み続けたから据え置かれた」のか、あるいは間取り・立地・入居者属性という第三の要因によるものか、この分析からは区別できません。表は「もし入居年数が延びるなら、いくらまでが割に合うか」という損益分岐を示しているにすぎません。
また、家賃減額は出口価格を直接押し下げます。収益還元の考え方では家賃が7%下がれば評価も同方向に動くため、保有中CFが同じでも売却時の手取りは減ります。売却前提の投資では、この表の下げ幅をそのまま使うのは危険です。出口価格の感応度は出口利回りが1%上がるとIRRはどこまで落ちるか|保有5年・10年・15年・20年で検証を参照してください。
もう一つの逆算です。入替1回のコストは30.75万円でした。ここから、退去を防ぐために1件あたりいくらまで投じてよいかが計算できます。
エアコン交換・給湯器の先行更新・浴室乾燥機の追加といった設備投資は、多くの場合この15.4万円の範囲に収まります。「入居者が困る前に替える」ことの経済価値を、この形なら金額で比較できます。
ここからは家賃下落年▲0.5%を加え、10年保有・譲渡費用3%・税引前でIRRを計算しました。出口価格の決め方を2通り用意しています。
売り出し時に満室想定家賃で価格が付き、実際の運営品質は価格に反映されない前提です。売却価格は全ケース6,520万円、売却手取りは1,210万円で同一となるため、IRRの差は保有中CFの差だけを表します。
平均入居年数 | 10年累計CF | 売却価格 | 売却手取り | 10年IRR |
|---|---|---|---|---|
2年6ヶ月 | 496万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 1.06% |
3年3ヶ月 | 828万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 3.44% |
4年 | 1,036万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 4.92% |
5年1ヶ月 | 1,227万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 6.28% |
6年 | 1,335万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 7.04% |
8年 | 1,485万円 | 6,520万円 | 1,210万円 | 8.10% |
買主がレントロールと実績決算から利回りを判断し、運営実績が価格に反映される前提です。10年後残債は5,114万円です。
平均入居年数 | 10年目NOI | 売却価格 | 売却手取り | 10年IRR |
|---|---|---|---|---|
2年6ヶ月 | 348.2万円 | 6,332万円 | 1,027万円 | ▲0.28% |
3年3ヶ月 | 381.1万円 | 6,928万円 | 1,606万円 | 5.62% |
4年 | 401.6万円 | 7,301万円 | 1,968万円 | 8.52% |
5年1ヶ月 | 420.5万円 | 7,646万円 | 2,302万円 | 10.88% |
6年 | 431.2万円 | 7,840万円 | 2,490万円 | 12.11% |
8年 | 446.0万円 | 8,109万円 | 2,751万円 | 13.72% |
2つの表を並べると、次のことが分かります。
買主がレントロールと実績決算を精査するほど、運営品質は価格に織り込まれます。入替コストの管理は、保有中の手残りだけでなく売却価格の問題でもあると言えます。
「この条件なら買い」という単一の結論は、この分析からは出せません。代わりに、次の判断軸として使えます。
なお今回のように、入居年数・空室期間・原状回復費・募集費用・金利・出口利回りを同時に動かすと、表計算ソフトでは確認すべき組み合わせが急速に増えます。RE-AIでは、こうした複数条件をまとめて確認できるよう設計しています。もっとも、RE-AIも実際の建物状態や個別の入居者事情まで分かるわけではなく、判断材料の一つとして使っていただくものです。
今回の試算には、次の限界があります。
いずれも本記事の条件(価格8,000万円・12戸・家賃月4.5万円・金利2.0%・30年)に限定された結果です。ご自身の検討物件では、レントロールの入居開始日から平均入居年数を算出したうえで、同じ枠組みで置き換えて確認してみてください。基本的な収支計算の手順は収益物件の収支計算完全ガイド|表面利回り・NOI・DSCR・IRRの計算方法と使い方、管理会社の選定と空室対策の全体像は収益物件の管理会社選びと空室対策|キャッシュフローを守るための完全ガイドにまとめています。
情報確認日:2026年8月15日
本記事の数値は、記載の条件を設定して算出したシミュレーション結果です。実在する物件の統計値ではなく、また投資成果を保証するものでもありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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