
「1棟にまとめるより、複数棟に分けたほうがリスクが減る」——収益物件の規模を検討するときに、ほぼ必ず出てくる説明です。片方が空いても、もう片方が支えてくれる。直感的には正しく聞こえます。
ただ、この説明には数字がありません。分散によって下振れがいくら改善するのか、その改善幅は棟を分けることで増えるコストを上回るのか。そこまで計算した記事は、ほとんど見かけません。
そこでこの記事では、価格・戸数・賃料・融資条件をすべて同じにそろえた「1棟16戸」と「2棟×8戸」を用意し、空室の出方を40万回シミュレーションしました。さらに2棟の空室が連動する度合い(相関係数)を0から1まで動かし、分散が割に合うために許される追加コストの上限を逆算しています。
結論を先に書くと、分散が改善するのは下振れだけで、平均キャッシュフローは1円も変わりません。そして改善幅の上限は年24.3万円。2棟を同じエリアに置いた場合は、ほぼゼロでした。
1棟と2棟のどちらが有利かは、物件ごとの条件で変わります。ですからこの記事では「どちらが正解か」を決めにいきません。代わりに、分散によって得られる金額を先に求め、それを追加コストの予算として提示するという逆算の形を取りました。
読者が自分のケースで判断するには、「棟を分けたらコストが年いくら増えるか」だけ見積もればよくなります。それが逆算した上限を超えていれば、分散は割に合いません。
なお、この記事は収益物件の収支計算完全ガイドで扱っているNOI・DSCR・キャッシュフローの考え方を前提にしています。戸数そのものが空室リスクに与える影響は「空室率5%」は平均値でしかないで検証済みで、この記事は「同じ戸数を、1棟に置くか2棟に割るか」という別の軸を扱います。
比較を公平にするため、総投資額・戸数・賃料・融資条件をすべて同一にそろえました。物件価格は「1戸あたり価格×戸数」で決めており、先に総額を決めてはいません。
戸数を16戸としたのは、2にも4にも割り切れて、棟数を変えた比較ができるためです。構造を軽量鉄骨造(法定耐用年数27年)の築7年としたのは、残存耐用年数が20年となり、融資期間20年の妥当性を議論の対象から外せるためです。
項目 | 設定 | 設定の理由 |
|---|---|---|
構造・築年 | 軽量鉄骨造2階建て・築7年 | 残存耐用年数20年=融資期間20年に一致 |
戸数・専有面積 | 16戸・各25㎡(1K) | 2棟・4棟に分割可能 |
1戸あたり価格 | 650万円 | 地方中核市郊外の単身向けを想定 |
物件価格 | 10,400万円 | 650万円×16戸(総額は結果として決まる) |
月額賃料 | 1戸5.0万円 | 表面利回り9.23%と整合 |
満室年収 | 960万円 | 5.0万円×12ヶ月×16戸 |
借入額・LTV | 7,800万円・75% | 頭金2,600万円 |
金利・期間・返済方式 | 2.40%・20年・元利均等 | 年間返済額491.4万円(月40.9万円) |
諸費用 | 884万円(価格の8.5%) | 自己資金合計3,484万円 |
管理委託料 | 実効収入の5% | 収入連動 |
その他運営費 | 年223万円 | 固都税85・損害保険14・共用部水光熱/法定点検/清掃38・修繕積立86 |
NOIは「実効総収入 −(実効総収入×5%)− 223万円」で計算しています。この条件で稼働率を動かすと次のようになります。
稼働率 | 実効総収入 | NOI | DSCR | 年間CF(税引前) |
|---|---|---|---|---|
100%(満室) | 960.0万円 | 689.0万円 | 1.402 | 197.6万円 |
95% | 912.0万円 | 643.4万円 | 1.309 | 152.0万円 |
92% | 883.2万円 | 616.0万円 | 1.254 | 124.6万円 |
90% | 864.0万円 | 597.8万円 | 1.216 | 106.4万円 |
85% | 816.0万円 | 552.2万円 | 1.124 | 60.8万円 |
満室でDSCR1.40、稼働90%でちょうど1.22という水準です。金融機関が目安にすることの多い1.2前後に対して、余裕が大きいとは言えない設計になっています(DSCRの基本的な見方は不動産投資のDSCRとはを参照してください)。
「空室率8%」という1つの数字で計算すると、1棟と2棟の差は絶対に出ません。差が出るのは、空室率が年によって振れるからです。そこで空室を2つの層に分けてモデル化しました。
1棟16戸では、エリア層を1回だけ引きます。2棟×8戸では2回引き、2つの引き方がどれだけ似ているかを相関係数ρで調整します。ρ=1.0なら2棟は完全に同じ動きをし、ρ=0なら完全に独立です。試行回数は40万回です。
ρ=1.0の2棟は、計算上1棟16戸とまったく同じ結果になるはずです。実際、後の表でその一致が確認でき、モデルの検算になっています。
まず押さえるべき事実があります。2棟に分けても、年間キャッシュフローの平均値は123.5万円のままで変わりません。ρをどう動かしても同じです。
当然といえば当然で、分散は期待値を動かす操作ではなく、ばらつきを縮める操作だからです。「分散したほうが儲かる」という説明は、この時点で成立しません。変わるのは分布の形だけです。
ケース | CF平均 | CF標準偏差 | 下位5%平均CF | 下位1%平均CF |
|---|---|---|---|---|
1棟16戸 | 123.5万円 | 46.9万円 | 19.9万円 | ▲14.1万円 |
2棟×8戸(ρ=0) | 123.5万円 | 35.4万円 | 44.2万円 | 18.6万円 |
標準偏差は46.9万円から35.4万円へ縮み、悪い年の深さ(下位5%の平均)は19.9万円から44.2万円へ浅くなりました。分散が買っているのは利益ではなく、下振れの浅さです。
ここが今回の分析でもっとも実務的な結果です。相関係数を動かすと、下振れの改善幅は次のように変わります。
2棟の空室相関ρ | CF標準偏差 | 下位5%平均CF | 1棟との差 | 下位1%平均CF | DSCR1.2割れ確率 |
|---|---|---|---|---|---|
1棟16戸(基準) | 46.9万円 | 19.9万円 | — | ▲14.1万円 | 30.1% |
ρ=0.0(完全に独立) | 35.4万円 | 44.2万円 | +24.3万円 | 18.6万円 | 24.8% |
ρ=0.2 | 38.0万円 | 38.3万円 | +18.5万円 | 12.7万円 | 26.2% |
ρ=0.4 | 40.4万円 | 32.6万円 | +12.7万円 | 7.1万円 | 27.4% |
ρ=0.6 | 42.6万円 | 30.9万円 | +11.0万円 | ▲3.2万円 | 28.4% |
ρ=0.8 | 44.8万円 | 25.5万円 | +5.6万円 | ▲8.3万円 | 29.3% |
ρ=1.0(完全に連動) | 46.9万円 | 20.0万円 | +0.1万円 | ▲14.1万円 | 30.0% |
ρ=1.0の行が1棟16戸とほぼ一致していることが、計算の検算になります。そして重要なのは、棟を2つに分けること自体には、分散効果が1円もないという点です。効果はすべて「2棟の空室が連動しない度合い」から来ています。
同じ市内、同じ最寄駅圏、同じ間取り、同じ入居者層で2棟を買えば、周辺に大型物件が竣工したときも、地域の転出が増えたときも、2棟は同時に空きます。それはρが1に近い状態であり、表の最下行、つまり分散効果ゼロに近づきます。
逆に、需要構造の異なる地域に分けられればρは下がります。賃貸の需給が地域によって実際に分かれていることは、貸家着工・滅失・世帯増から47都道府県の純供給圧を計算した記事で確認しています。全国一律に緩んでいるわけではないため、地域を分ければρは1より小さくなります。ただし、それがどこまで下がるかは事前には分かりません。
下位5%平均CFの改善幅は、そのまま「棟が増えることで年間コストが何万円まで増えても、悪い年の手残りが1棟より悪くならないか」の上限になります。
2棟の空室相関ρ | 許される年間追加コストの上限 | 満室年収960万円に対する比率 |
|---|---|---|
ρ=0.0 | 24.3万円 | 2.53% |
ρ=0.2 | 18.5万円 | 1.93% |
ρ=0.4 | 12.7万円 | 1.32% |
ρ=0.6 | 11.0万円 | 1.15% |
ρ=0.8 | 5.6万円 | 0.58% |
ρ=1.0 | 0.1万円 | 0.01% |
もっとも有利なρ=0でも、予算は年24.3万円しかありません。満室年収の2.5%です。現実的にありうるρ=0.4〜0.6であれば、年11〜13万円まで縮みます。
分散は下振れを浅くしますが、同時に上振れも削ります。この非対称でない性質が、判断基準の置き場所によって結論を逆転させます。
ケース | DSCR平均 | DSCR1.2割れ確率 | DSCR1.3割れ確率 | CFが赤字になる確率 |
|---|---|---|---|---|
1棟16戸 | 1.251 | 30.1% | 67.0% | 0.86% |
2棟×8戸(ρ=0) | 1.251 | 24.8% | 73.5% | 0.10% |
DSCR1.2割れ確率は30.1%から24.8%へ下がりましたが、1.3割れ確率は67.0%から73.5%へ上がっています。
理由は単純です。この物件のDSCRの平均は1.251で、判断基準の1.3は平均より上にあります。分散は分布を平均のまわりに集める操作なので、平均より上の基準を超える確率は減る=下回る確率は増えます。一方、平均より下にある1.2は、下振れが浅くなった分だけ割れにくくなります。
分散が効くのは、基準値が分布の平均より下にあるときだけです。「返済が回らない水準を避けたい」なら分散は効きますが、「毎年1.3を確保したい」なら分散はむしろ逆効果になります。自分がどちらの心配をしているのかで、結論が変わります。
棟数をさらに増やすとどうなるかも計算しました(すべてρ=0、つまり最大限に有利な条件です)。
構成 | CF標準偏差 | 下位5%平均CF | 1棟との差 | DSCR1.2割れ確率 |
|---|---|---|---|---|
1棟×16戸 | 46.9万円 | 19.9万円 | — | 30.0% |
2棟×8戸 | 35.5万円 | 44.2万円 | +24.4万円 | 24.8% |
4棟×4戸 | 28.0万円 | 62.0万円 | +42.2万円 | 19.9% |
1棟→2棟で+24.4万円、2棟→4棟でさらに+17.8万円。棟を割るほど効果は伸びますが、伸び方は鈍ります。一方で、後述するコストは棟数に比例して増えます。棟数を増やし続ければどこかで逆転します。
加えて、4棟×4戸のように1棟あたりの戸数が小さくなると、1戸あたりの運営費が上がる方向に働きます。国土交通省の令和5年度マンション総合調査は、駐車場使用料等からの充当額を含む月/戸当たり管理費の平均を17,103円とし、「総戸数規模が大きくなるほど低くなる傾向にある」と明記しています。分譲マンションの管理組合会計であり、賃貸アパートの運営費とそのまま同じではありませんが、小さい建物ほど1戸あたりのコストが重くなるという方向性は共通します。収益物件側での検証は同じ表面利回り8%でも実質利回りは1.68pt割れるで行っています。
棟を分けたときに確実に増えるコストのうち、推定ではなく幾何学的に計算できるのが建物の外皮面積です。延床面積が同じでも、小さい建物を2つ作れば外周が長くなります。
専有25㎡に共用部20%を加えて1戸あたり30㎡、2階建て、奥行8mの長方形として計算しました。
項目 | 1棟16戸 | 2棟×8戸(合計) | 差 |
|---|---|---|---|
延床面積 | 480㎡ | 480㎡ | 同じ |
1棟あたり間口×奥行 | 30m×8m | 15m×8m | — |
外壁面積 | 456㎡ | 552㎡ | +96㎡(+21.1%) |
屋根面積 | 240㎡ | 240㎡ | 同じ |
塗替え1回の費用 | 358万円 | 446万円 | +88万円 |
12年周期の年換算 | — | — | +7.3万円/年 |
費用は外壁塗装+足場5,500円/㎡、屋根3,000円/㎡、現場諸経費35万円/現場(2棟なら2現場)で計算しています。単価は工事内容・地域・時期で変わるため、金額そのものより外壁面積が21.1%増えるという構造のほうが重要です。修繕費の水準そのものは修繕費「家賃の5%」で足りるのかで検証しています。
この年7.3万円を、さきほどの予算表と突き合わせます。
外壁以外にも、損害保険が2契約になること、法定点検・清掃巡回に棟単位の最低料金があること、遠隔地なら管理会社が2社になること、融資を2本組めば事務手数料と抵当権設定費用が2回発生すること(諸費用の内訳は不動産投資の諸費用は本当に7%なのかを参照)が積み上がります。残り年3〜5万円の枠で、これらをすべて収めるのは現実的ではありません。
価格で取り返す場合も計算しておきます。年7.3万円のNOI差を還元利回り8.0%で価格に換算すると91万円。総額10,400万円の0.88%、1戸あたり約5.7万円です。2棟に分けるなら、1戸あたり価格がそれ以上安くなければ、外壁面積の差すら取り返せません。
ここまでの結果はエリア空室率の標準偏差を5.0ポイントと置いた上でのものです。この前提を変えると、分散の価値も変わります。
エリア空室率の標準偏差 | 1棟の下位5%平均CF | 2棟(ρ=0)の下位5%平均CF | 改善幅 |
|---|---|---|---|
3.0ポイント | 55.4万円 | 67.8万円 | +12.3万円 |
5.0ポイント(基準) | 20.0万円 | 44.3万円 | +24.3万円 |
7.0ポイント | ▲15.7万円 | 20.0万円 | +35.7万円 |
賃貸需要が安定していてエリア空室率のブレが小さい場所ほど、分散の価値は小さくなります(σ=3ポイントなら年12.3万円しかありません)。逆に、需給が読みにくい地域ほど分散の価値は上がります。
ここには一見すると矛盾があります。分散の価値が高いのは需給が不安定な地域であり、そういう地域こそ1物件あたりの判断を慎重にすべき場所でもある、ということです。分散はエリア選定の失敗を埋め合わせる手段ではありません。
今回のシミュレーションは年間キャッシュフローとDSCRだけを見ています。定量化していないものの、分散側に有利に働く要素を挙げておきます。
一方、分散側に不利で定量化していない要素もあります。管理の手間が2倍になること、遠隔地では自分で現地を確認しにくいこと、そして入退去に伴う原状回復・募集費用(退去1回30.7万円の入替コスト)は今回のモデルに含めていません。
この分析から取り出せる判断材料は3つです。
今回の試算は表面利回り9.23%・LTV75%・金利2.40%・期間20年という1つの条件セットの上に成り立っています。借入額や融資期間が変われば、同じ空室のブレでもDSCRの反応は変わります。自分の物件のNOIと融資条件でDSCRと返済後キャッシュフローを確認したい場合は、RE-AIの無料DSCRシミュレーターで返済余力を計算することができます。金利を0.5ポイントずつ上げたときの変化と、DSCRが基準を下回る金利水準も同じ画面で確認できます。
なお、今回のように空室・修繕・融資条件・出口を同時に動かすと、表計算では確認項目が増えていきます。RE-AIは複数条件をまとめて試算できるよう設計していますが、棟の分け方そのものを最適化する機能ではありません。
「1棟か複数棟か」は、収益性そのものではなく下振れの深さを調整する選択です。そして調整できる幅は、満室年収の1〜2.5%程度に収まります。それより先に決めるべきなのは、どのエリアで、どの融資条件で買うかのほうです。
情報確認日:2026年9月19日
本記事の数値は設定した条件下でのシミュレーション結果であり、特定の物件の収益・融資審査の結果を示すものでも、投資判断を保証するものでもありません。最終的な判断はご自身の責任で、金融機関・税理士・不動産鑑定士等の専門家への確認とあわせて行ってください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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