
「融資審査でDSCRを見られる」と聞いても、実際にいくつなら安全なのか、ピンとこない方は多いはずです。ここでは計算方法と、金利上昇・空室が重なったときにDSCRがどこまで下がりうるかを、架空の試算例とともに整理します。
DSCR(Debt Service Coverage Ratio)は、物件が生み出す年間の純収益(NOI)で、年間のローン返済額を何倍カバーできるかを示す指標です。金融機関が不動産投資ローンの審査で重視する数値のひとつで、計算式は次のとおりです。
DSCR = NOI(年間純収益)÷ 年間元利返済額
NOIは「年間家賃収入(空室を織り込んだ実効収入)-運営費(管理費・固定資産税・保険料など、元利返済を除く)」で求めます。表面利回りが同じ物件でも、運営費の水準や空室率の前提によってNOIは変わるため、DSCRも変わってきます。とくに空室率の前提を楽観的に置いたまま大規模修繕費を見落とすと、想定していたNOIが大きく下振れすることがあります。空室率10%なら黒字に見えた物件が、大規模修繕で赤字に転落した理由を試算した記事でも、その落とし穴を具体的に確認できます。
以下は理解しやすくするために単純化した架空例です。実在の物件や取引を示すものではありません。
この条件で実効家賃収入を計算すると、560万円×90%=504万円。ここから運営費84万円を引いたNOIは420万円です。一方、年間の元利返済額は概算で約302万円になります。
DSCR=420万円÷302万円≒1.39
この数値だけを見れば、一定の余力がある水準です。ただし、この試算はあくまで現在の金利・空室率を前提にしたものだという点に注意が必要です。
金融機関によって基準は異なりますが、一般的にDSCRの水準は概ね次のように受け止められることが多いとされています。基準は金融機関や物件種別、時期によって変わるため、あくまで目安として捉えてください。
DSCRの水準 | 一般的な評価の傾向 |
|---|---|
1.0未満 | 収益だけでは返済を賄えず、融資が下りにくい |
1.0〜1.19 | ぎりぎり返済できる水準で、慎重に判断されやすい |
1.2〜1.49 | 多くの金融機関で承認ラインの目安とされることが多い |
1.5以上 | 返済余力が高く、安全性が高いと評価されやすい |
また、審査で使われるNOIは、満室想定の家賃をそのまま使うのではなく、80〜90%程度の稼働率を前提に計算されるのが一般的です。表面上は高利回りに見えても、稼働率を保守的に見た瞬間にDSCRが基準を下回る、というケースは珍しくありません。金融機関のタイプによって重視するポイントや融資条件が異なる点は、日本政策金融公庫・地方銀行・ノンバンクの3タイプを比較した記事でも整理しています。融資審査で見られる基準そのものをもう少し広く確認したい場合は、不動産投資ローンの審査基準を整理した基礎ガイドもあわせてご確認ください。自己資金を抑えてフルローン・オーバーローンで借入額を増やした場合にDSCRがどこまで下がるかは、頭金0%と20%のDSCR差を2つの物件規模で試算した記事でも確認できます。
DSCRを一度計算して「1.39だから大丈夫」と判断するのは早計かもしれません。多くの解説では金利上昇と空室率悪化を別々に試算しますが、実際の市況では両者が同時に進むことがあります。日本銀行は2025年12月に政策金利を0.50%程度から0.75%程度へ、2026年6月には0.75%程度から1.00%程度へ引き上げ、7月31日の会合では一度据え置きました。その後、2026年9月18日の会合であらためて1.00%程度から1.25%程度へ引き上げており(採決は賛成7・反対2。反対した2名の委員は、いずれも利上げの時期として早すぎるという理由で反対しています)、段階的な金利正常化はすでに進んでいます(第一生命経済研究所の解説記事、日本銀行公表資料を参照)。借入金利が変動型であれば、この動きは返済額に直接影響します。
また、総務省統計局「令和5年住宅・土地統計調査」では、全国の空き家率が13.8%と過去最高になったことが示されています。エリアや物件種別による差は大きいものの、賃貸住宅の需給が緩んでいる地域では、想定空室率を10%より厳しく見ておく必要が出てきます。
そこで、先ほどの架空例を使い、金利が2.7%から3.7%へ1%上昇し、同時に空室率も10%から20%へ悪化した場合を試算してみます。
実効家賃収入:560万円×80%=448万円 / NOI:448万円-84万円=364万円
年間元利返済額(金利3.7%で再計算):約342万円
DSCR=364万円÷342万円≒1.06
金利と空室、それぞれ一つずつなら耐えられそうに見える変化でも、同時に起きるとDSCRは1.39から1.06まで落ち込み、金融機関の承認ラインを割り込む水準に近づきます。複数の条件を同時に動かして確認するかどうかで、見えるリスクの大きさはまったく変わってきます。これは、収益性・融資・出口を別々に見るのではなく、条件を組み合わせて長期のキャッシュフローを確認する視点が欠かせない理由でもあります。ここでは金利と空室をそれぞれ1パターンずつ動かしましたが、金利1.5〜3.5%×空室率0〜15%の20パターンで同様の試算を行った記事では、金利3%を境にDSCRの余裕が急速に縮んでいく傾向も確認できます。
なお、この試算を作成した2026年8月時点から、金利はさらに動いています。日本銀行は2026年9月18日の金融政策決定会合で政策金利を1.00%程度から1.25%程度へ追加で引き上げました。これを受けてメガバンク各行も短期プライムレートを2.675%から2.925%へ改定し、2026年10月1日から適用しています(SBI新生銀行の公表資料など)。不動産投資ローンの実際の金利は金融機関や借り手の属性によって差がありますが、全体として金利は上昇方向にあり、本記事の基本ケースで置いた金利2.7%は、2026年10月時点ではやや低めの設定になりつつあります。新たに変動金利で借りる場合、このページのストレスケース(3.7%)に近い水準からスタートする可能性もあるため、ご自身が実際に提示された金利を、本記事前半で紹介した無料のDSCR計算ツールに入力し、現在の条件でのDSCRを確認しておくことをおすすめします。
ここまでの試算は一つの物件、一つの借入条件を前提にしたものです。ただし、DSCRの「平均値」が同じでも、物件の戸数によって、DSCR1.2を割り込む確率は大きく異なることが分かっています。表面利回り8%・LTV90%・金利2.0%・期待空室率5%の条件をすべて揃え、戸数だけを4戸〜30戸に変えて20万回試算した分析記事によれば、平均DSCRはどの戸数でも1.395と同じになるよう条件を揃えても、DSCR1.2割れの確率は4戸で21.6%、30戸で1.1%と、約20倍の差が生まれます。戸数が少ない物件ほど、1室の空室が家賃収入全体に占める割合が大きくなるため、平均的な空室率の前提だけでは、実際に起こりうるDSCRのばらつきを見誤りやすいということです。ご自身が検討している物件の戸数が小さい場合、この記事で計算したDSCR1.39という数値を額面通り「安全」と受け取らず、戸数なりのばらつきリスクを別途確認しておく価値があります。
また、DSCRを悪化させる要因は金利や空室だけではありません。擁壁の老朽化のように、購入後に判明する物件固有のリスクが、補修・再構築費用という形で自己資金比率とDSCRを直接押し下げるケースもあります。高さ2m超の擁壁がある物件で、再構築費用520万円がDSCRを1.37倍から1.21倍まで押し下げた試算は擁壁のある収益物件は買ってよいかで確認できます。 同様に、隣地との境界を越える越境物が見つかった場合も、確定測量・覚書締結や解消の費用が自己資金・DSCRに影響します。2023年の民法改正のポイントとあわせて試算した記事は隣地に越境がある収益物件は買ってよいかで確認できます。
DSCRは融資審査のときだけ使う数値ではありません。保有期間中に金利が上昇したり、家賃が下落したりすれば、DSCRは購入時の水準から変化します。特に変動金利で借りている場合、数年ごとにDSCRを再計算し、返済余力がどの程度残っているかを確認しておくと、次の一手を判断しやすくなります。
保有を続けるか売却するかを検討する場面でも、残債とDSCRの推移は重要な判断材料です。築年数が進んだ物件の出口戦略を考える際の確認項目は、別記事でも整理していますので、あわせて確認してみてください。築15年前後の一棟アパートで「売る」か「持ち続ける」かを判断する際の7つの確認項目をまとめた記事では、残債とDSCRの推移をどう見るかを具体的に解説しています。
DSCRは「NOI÷年間元利返済額」で計算でき、目安として1.2〜1.3以上が一つの承認ラインとされることが多い指標です。ただし、単年の数値だけで安心せず、金利上昇と空室率悪化を同時に見たときにどこまで余力が残るかを確認しておくことが、購入判断でも保有中の見直しでも欠かせません。
ご自身が検討している物件のDSCRや、金利・空室が同時に動いた場合の長期キャッシュフローを確認したい場合は、RE-AIの無料診断を試す方法もあります。https://www.re-aipro.jp/free-diagnosis
本記事の試算は理解しやすくするための架空例であり、実際のDSCRや融資条件は物件・金融機関・個人の属性によって異なります。金利、税務、融資に関する最終判断は、金融機関や税理士など専門家にご確認ください。
#不動産投資 #DSCR #融資審査 #キャッシュフロー #収益物件 #金利上昇 #リスク管理
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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