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出口戦略

築30年アパートは建て替えか、修繕か、売却か|建て替えが「修繕して持つ」に並ぶには新築家賃+18.0%か建築費▲25.0%が必要だった

築30年アパートは建て替えか、修繕か、売却か|建て替えが「修繕して持つ」に並ぶには新築家賃+18.0%か建築費▲25.0%が必要だった

築30年を過ぎた木造アパートを持っていると、三つの選択肢が同時に目の前に現れます。大規模修繕をして持ち続けるか、建て替えるか、今売るか。一般的な記事は「法定耐用年数22年を超えているなら、中途半端なリフォームより建て替えが妥当」と書くことが多く、実際そう勧められた経験のある方もいると思います。

ただ、この三択を同じ土俵で計算した記事は、調べた範囲ではほとんど見当たりませんでした。そこで今回は、三つの案を「同じ機会費用(=今売れば手に入る現金)を出発点とする20年間の投資」として並べ、税引前IRRと通算回収額を計算しました。

結論を先に書きます。今回の条件では、建て替えの20年IRRは▲2.19%、大規模修繕して持ち続ける案は+2.37%で、差は4.56ポイントつきました。そして建て替えが修繕案に並ぶには、新築時の家賃を18.0%高く取れるか、建築費が25.0%下がる必要がありました。必要建築費単価164.9千円/㎡は、国税庁の建築価額表でいえば平成28年(2016年)の木造水準とほぼ同じです。つまりこの物件の建て替えは、2016年の建築費なら成立していたが、2023年以降の建築費では成立しないという形の結論になりました。

(本記事の数値は、公開統計と、今回の分析のために設定した架空ケースによる条件付きシミュレーションです。実在の物件統計ではありません。情報確認日:2026年10月7日)

この記事で検証する疑問

  • 「修繕して持つ」「建て替える」「今売る」を同じ基準で比べると、20年IRRはどれだけ違うのか
  • 建て替えが「修繕して持つ」に並ぶには、新築家賃がいくら必要か(逆算)
  • 建て替えが成立する建築費単価はいくらか。それは過去のどの時点の水準か(逆算)
  • 金利を下げれば建て替えは成立するのか。空室が進めば建て替えが有利に転じるのか
  • 容積率を使って戸数を増やせば、結論は変わるのか

使用データの区分

区分

内容

公開データ

国税庁「建物の標準的な建築価額表」の木造単価(国土交通省・建築着工統計の工事費予定額÷床面積から算出)、国土交通省「建設工事費デフレーター」、国土交通省「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」

業界目安

木造の解体工事費坪単価、石綿(レベル3)除去費、立退料の水準。いずれも専門事業者が公表する相場レンジの中位値

シミュレーション

三案の年次キャッシュフロー、20年IRR、出口価格、各転換点。すべて下記の固定条件に基づく計算値

架空ケース

物件の規模・家賃・土地条件・融資条件。実在物件ではありません

RE-AIの診断実データは使用していません。本記事は条件を固定したシミュレーションです。

建築費は、いまどの水準にあるのか

建て替えの成否を決める最大の変数は建築費です。相場観ではなく、出所の明確な数字を使います。

国税庁「建物の標準的な建築価額表」は、国土交通省の建築着工統計における構造別の工事費予定額を床面積合計で割った、実際に着工した建物の平均工事費単価です。木造(木骨モルタル造を含む)の推移は次のとおりです。

建築年

木造(千円/㎡)

平成28年比

平成17年(2005年)

151.9

▲8.4%

平成27年(2015年)

165.4

▲0.3%

平成28年(2016年)

165.9

±0.0%

令和元年(2019年)

170.1

+2.5%

令和3年(2021年)

172.2

+3.8%

令和4年(2022年)

176.2

+6.2%

令和5年(2023年)

204.1

+23.0%

2022年から2023年の1年で176.2→204.1千円/㎡、+15.8%動いています。2015年から2022年までの7年間の上昇が+6.5%だったことを考えると、直近に上昇が集中しています。この表に掲載されている最新年は令和5年(2023年)です(2026年10月7日確認)。

2023年以降の方向感は、国土交通省「建設工事費デフレーター」で確認できます。木造住宅は2026年3月時点で132.8(2015年度=100)でした。建築価額表の2023年時点が2015年比123.4であることと突き合わせると、2023年から2026年初にかけてさらに約7.6%上昇したと読めます。なお同デフレーターは令和8年4月分の公表から基準年が2020年度基準へ改定されており、旧基準の最終月が2026年3月です。

本記事では、この換算にもとづき2026年時点の木造共同住宅の工事費単価を220千円/㎡(=22.0万円/㎡)として試算します。建築費上昇が既存オーナーの積算評価・修繕費・保険料に同時に効く構造については「積算評価は797万円増えたのに、10年IRRは1.72pt下がった」で別途検証しています。

前提条件

なぜこの物件条件にしたか

今回の分析軸は「建物をもう一度建てる価値があるか」です。この三択に現実に直面するのは、残債がほぼ終わっていて、建物が法定耐用年数を大きく超えている築30年前後の木造一棟オーナーです。残債が大きく残っていると、借入条件の影響が三案の比較に混ざってしまうため、残債ゼロを基準ケースにしました。

物件価格は設定していません。すでに保有している物件の三択なので、意思決定の出発点は「購入価格」ではなく「今売ればいくら手に入るか」だからです。代わりに、延床面積・土地面積・賃料単価を起点に条件を組み立てました。

固定した条件(架空ケース)

項目

設定

設定理由

建物

木造2階建 2DK×8戸、1戸45㎡、延床360㎡、築30年(1996年新築)

法定耐用年数22年を8年超過。融資が付きにくく、三択が現実化する築年

土地

400㎡、第一種住居地域、建蔽率60%・容積率200%

建て替え時に容積の余裕があるか検証するため、現況が容積を使い切っていない設定

土地単価

60,000円/㎡(土地評価2,400万円)

地方中核市の住宅地水準。全国平均より低い帯を基準にし、第8章で3万〜25万円/㎡まで変動させる

現況家賃

月5.0万円×8戸=満室年480万円、稼働率85%

築30年で空室が出始めている状態

残債

0円

借入条件の影響を三案の比較から排除するため

解体費

14,100円/㎡(延床)=507.6万円

木造解体12,100円/㎡+石綿レベル3除去2,000円/㎡。1996年築のため石綿含有建材を想定

検証期間

20年

建て替えの融資期間30年のうち、残債が十分減る期間として設定

売却費用

価格の4.0%

仲介手数料3.3%+印紙・その他

解体費と石綿除去費の内訳、および「土地値以下だから安全」という前提が解体費でどこまで削られるかは「正味土地値がゼロになる土地単価は木造で坪4.7万円だった」で単価ベースに分解しています。

変更した条件

三案の間で変更したのは「建物をどうするか」の1点だけです。そのうえで感応度分析として、建築費単価・新築賃料・金利・Exit Cap・土地単価・新築戸数・初期修繕額・将来稼働率をそれぞれ動かしました。

IRRはすべて税引前です。三案は課税のタイミングがまったく違う(売却案は今期に譲渡税、保有案は繰延)ため、税を入れると建物の判断そのものが見えなくなります。この点は第10章で限界として扱います。

比較の方法:機会費用をそろえる

三案を同じ尺度で比べるために、「今売れば手に入る現金」を三案すべての初期投下額に置きました。持ち続けることも建て替えることも、その現金を手放す(投じ続ける)選択だからです。この置き方をしないと、「売らない案はタダで始められる」という誤った比較になります。

まず現況の数字を確定させます。

項目

金額

内訳

満室想定家賃

480.0万円

5.0万円×8戸×12ヶ月

実効総収入

408.0万円

稼働率85%

運営費

104.0万円

管理料20.4万円(実効収入5%)+固都税28万円+保険10万円+共用光熱・清掃12万円+経常修繕33.6万円(満室家賃7%)

NOI

304.0万円

NOI率63.3%

築古物件は実務上、NOIではなく表面利回りで値付けされます。築30年木造・融資が付きにくい地方物件として表面利回り12.5%で売れるとすると、売却価格は480÷0.125=3,840万円です。これをNOIで割り戻すと実質Cap Rateは7.92%になります。「表面12.5%」と聞いて想像する利回りと、実際に投資家が受け取る還元利回りがここまで離れるのは、NOI率が63.3%まで落ちているためです。

一方、正味土地値(土地2,400万円−解体費507.6万円)は1,892万円で、収益価格3,840万円を大きく下回ります。この物件は「土地値で下支えされている物件」ではなく、「収益で値段がついている物件」です。

売却費用4%を引いた3,686万円が、三案共通の機会費用になります。

結果①:三案の20年IRRと通算回収額

C案:今売る

手取り3,686万円を受け取って終了します。この3,686万円を他の投資へ回すとして、年何%で回せるかが判断基準になります。つまりC案そのものにIRRはなく、A案・B案のIRRがハードルレートになる構造です。

A案:大規模修繕して20年保有

築30年木造に必要な工事を、初期に一括で投じます。国土交通省「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」は木造10戸で21〜25年目に80万円/戸、26〜30年目に18万円/戸を示しています。築30年の時点でこれから必要になるのは、屋根の葺替・外壁の再塗装・給排水管更新・給湯器とユニットバスの一斉交換という2巡目相当の工事です。本記事では戸当たり120万円×8戸=960万円を初期に、10年目に追加で戸当たり55万円×8戸=440万円を置きました。修繕費が特定の年に集中する構造と必要手元資金については「大規模修繕の年、手元資金はいくら必要か」で年次カーブに展開しています。

家賃は年1.0%下落、稼働率は85%から20年かけて76%へ逓減、経常修繕は満室家賃の8.5%としました。20年後(築50年)の出口は建物価値ゼロとみなし、土地2,400万円から解体費(年1.0%上昇で619万円)を引いた正味土地値の売却手取り1,709万円です。

B案:建て替えて20年保有

容積率200%に対し、木造2階建・駐車場を確保したうえで実現可能な規模として延床420㎡・10戸(1戸42㎡)を設定しました。現況の360㎡から17%増床します。

項目

金額

内訳

本体工事費

9,240万円

420㎡×22.0万円/㎡

付帯工事・設計・近隣対策

1,109万円

本体の12%(外構・引込・設計監理)

解体費

507.6万円

既存360㎡×14,100円/㎡

立退料

350万円

50万円×入居7戸

登記・不動産取得税・保険等

150万円

―

総事業費

11,356万円

土地は既保有のため含まず

借入はLTV90%=10,221万円、金利2.3%・30年元利均等で、年間返済額は472万円です。自己資金1,136万円は売却せずに持つ現金から充当します。

新築家賃は月6.8万円/戸とします。現況の5.0万円(築30年)から経年減価率1.0%/年で割り戻すと5.0×1.01の30乗=6.74万円となり、この水準と整合します。面積は45㎡から42㎡へ小さくなりますが、設備更新と新築プレミアムで賃料単価が上がる前提です。満室想定年間家賃は816万円、総事業費に対する表面利回りは7.19%です。土地(2,400万円)を含めれば5.93%になります。

解体3ヶ月+工期7ヶ月の計10ヶ月は収入ゼロとし、1年目の収入は2ヶ月分のみとしました。

三案の結果

案

初期投下

20年累計CF

20年後の出口手取り

通算回収

20年IRR

A 大規模修繕して保有

4,646万円

4,455万円

1,709万円

6,164万円

+2.37%

B 建て替えて保有

4,822万円

1,112万円

2,200万円

3,313万円

▲2.19%

C 今売る

―

―

3,686万円(即時)

3,686万円

―

初期投下額は、A案=機会費用3,686万円+修繕費960万円、B案=機会費用3,686万円+建て替え自己資金1,136万円です。両案で176万円ずれているため、IRRだけでなく通算回収額も併記しています。

B案の通算回収3,313万円は、今売った場合の手取り3,686万円を下回りました。1億1,356万円を投じて20年運用した結果、売却時の手残りを含めても、今売って現金を持っているほうが多いという計算になります。

B案の年次キャッシュフローは次のとおりです。

年

税引前CF

DSCR

1年目(工事期間)

▲422万円

―

2年目

+185万円

1.393

5年目

+168万円

1.357

10年目

+110万円

1.233

15年目

+71万円

1.150

20年目

+34万円

1.071

注意したいのは、この建て替えは融資審査としては問題なく通ることです。2年目のDSCRは1.393で、一般に求められる1.2〜1.3の水準を満たしています。金融機関が見る「返せるか」はクリアしており、投資として割に合うかという別の問いが見えないまま進む構造になっています。DSCRが何を測っていて何を測っていないかは「不動産投資のDSCRとは?1.2を下回ると融資が厳しくなる理由と計算例」で整理しています。

結果②:建て替えが「修繕して持つ」に並ぶ条件を逆算する

ここからが本題です。B案が成立しないのは、どの変数のせいなのか。A案のIRR+2.37%に並ぶ水準を、変数ごとに逆算しました。

逆算①:新築家賃はいくら必要か

新築家賃(月/戸)

賃料単価

事業費ベース表面利回り

20年IRR

6.80万円(基準)

1,619円/㎡月

7.19%

▲2.19%

7.20万円

1,714円/㎡月

7.61%

▲0.48%

7.60万円

1,810円/㎡月

8.03%

+0.99%

8.02万円

1,910円/㎡月

8.48%

+2.37%(A案と同値)

8.40万円

2,000円/㎡月

8.88%

+3.48%

9.00万円

2,143円/㎡月

9.51%

+5.08%

転換点は月8.02万円、賃料単価1,910円/㎡月です。想定した6.80万円に対して+18.0%。42㎡の2DKで月8万円が取れる賃貸市場かどうかが、この建て替えの成否をほぼ単独で決めています。

これは地方中核市の設定としてはかなり高い水準です。逆に言えば、同じ建築費でも賃料単価が1,900円/㎡月を超える市場であれば、建て替えは成立します。建て替えの可否は「築年数が何年か」ではなく「その土地でいくらの賃料単価が取れるか」で決まる、というのが今回いちばん明確に出た結果です。

逆算②:建築費単価はいくらなら成立するか

建築費単価

総事業費

年間返済額

20年IRR

160千円/㎡

8,534万円

355万円

+2.72%

164.9千円/㎡

8,764万円

364万円

+2.37%(A案と同値)

175千円/㎡

9,240万円

384万円

+1.61%

190千円/㎡

9,945万円

413万円

+0.44%

205千円/㎡

10,651万円

443万円

▲0.82%

220千円/㎡(基準・2026年推定)

11,356万円

472万円

▲2.19%

235千円/㎡

12,062万円

501万円

▲3.72%

転換点は164.9千円/㎡で、基準から25.0%の下落が必要です。

ここで建築価額表に戻ります。木造165.9千円/㎡は平成28年(2016年)の水準です。実際にこの単価で再計算すると、B案の20年IRRは+2.29%となり、A案とほぼ並びました。

つまりこの物件の建て替えは、10年前の建築費なら成立していた案件です。築年数も立地も賃料も同じで、建築費だけが4.5ポイント分のIRRを削ったことになります。「築30年を超えたら建て替え」という定石が成立しにくくなっているとすれば、建物が古くなったからではなく、建て替えの原価が変わったからだと読めます。

逆算③:金利では覆らない

金利

年間返済額

20年IRR

0.5%

367万円

+1.56%

1.0%

394万円

+0.66%

1.5%

423万円

▲0.34%

2.0%

453万円

▲1.46%

2.3%(基準)

472万円

▲2.19%

3.0%

517万円

▲4.14%

金利を限りなくゼロに近づけてようやく+2.37%となり、A案と並びます。実務上取り得るどの金利でも、建て替えは修繕案を上回りませんでした。金利交渉で0.3ポイント下げても、建築費が25%高いという事実は埋まりません。

逆算④:建築費単価ごとの「必要な賃料単価」

読者の物件に直接当てはめられる形として、建築費単価ごとに「建て替えが修繕案に並ぶ賃料単価」を出しました。これは特定の物件価格に依存しない判断基準です。

建築費単価

必要新築家賃(月/戸・42㎡)

必要賃料単価

必要な事業費ベース表面利回り

160千円/㎡

6.69万円

1,593円/㎡月

9.41%

175千円/㎡

7.02万円

1,672円/㎡月

9.12%

190千円/㎡

7.36万円

1,752円/㎡月

8.88%

205千円/㎡

7.69万円

1,831円/㎡月

8.66%

220千円/㎡

8.02万円

1,910円/㎡月

8.48%

235千円/㎡

8.36万円

1,990円/㎡月

8.31%

250千円/㎡

8.69万円

2,069円/㎡月

8.17%

必要な事業費ベース表面利回りが8%台で安定しているのが分かります。土地を既に持っている建て替えであっても、建築費と諸費用の合計に対して8%台半ばの表面利回りが出ないと、修繕して持ち続けるほうが上という関係です。建築ハウスメーカーの事業計画書を見るときは、提示された「利回り」が土地を含んだ数字か、建築費のみに対する数字かをまず確認する必要があります。

結果③:条件を変えると結論はどう動くか

土地が高いエリアでは、建て替えのハードルも上がる

土地単価

A案(修繕)20年IRR

B案が並ぶために必要な新築家賃

30,000円/㎡

+0.70%

7.52万円(1,790円/㎡月)

60,000円/㎡(基準)

+2.37%

8.02万円(1,910円/㎡月)

100,000円/㎡

+3.91%

8.55万円(2,037円/㎡月)

150,000円/㎡

+5.31%

9.09万円(2,164円/㎡月)

250,000円/㎡

+7.28%

9.92万円(2,362円/㎡月)

直感に反する結果です。土地単価が高いほど、建て替えが並ぶために必要な賃料は上がります。A案の出口が「正味土地値」である以上、土地が高いエリアでは何もせず持っているだけで出口が強くなるためです。

ただしこれは土地単価だけを動かした計算であり、現実には土地が高いエリアは賃料単価も高いという相関があります。表の右列(必要賃料)と、実際にそのエリアで取れる賃料単価を突き合わせて読むべき数字です。この表は「土地が高いと建て替えが不利」と読むのではなく、「土地単価が2倍になっても、必要賃料単価は2倍にはならない(1,790円→2,362円=1.32倍)」と読むのが正しい使い方です。地価の上昇に賃料がついていける市場であれば、高地価エリアほど建て替えは成立しやすくなります。

容積を使って戸数を増やせるか

新築規模

総事業費

20年IRR

並ぶために必要な新築家賃

延床360㎡/8戸(同規模建替)

9,878万円

▲6.36%

9.12万円

延床420㎡/10戸(基準)

11,356万円

▲2.19%

8.02万円

延床500㎡/12戸

13,328万円

▲0.32%

7.49万円

延床600㎡/14戸

15,792万円

+0.40%

7.27万円

延床720㎡/17戸

18,748万円

+2.19%

6.84万円

同じ規模で建て替える(=容積の余裕を使わない)場合、IRRは▲6.36%まで落ちます。一方、容積を目一杯使って17戸・延床720㎡まで増やすと+2.19%となり、ようやくA案とほぼ並びます。

容積の余裕があることが建て替えの前提条件であり、余裕がなければ賃料単価が相当高くない限り検討に値しない、という整理になります。ただし17戸にするには事業費1億8,748万円の借入が必要で、戸数が増えるほど空室リスクの総量も増えます。「並ぶ」水準にリスクを増やして到達することに意味があるかは別の判断です。用途地域ごとの建蔽率・容積率が収益性に与える差は「同じ土地価格でも用途地域が違うと収益性は変わるのか」で扱っています。

修繕案が崩れるのはどこか

逆方向からも確認しました。A案が建て替え案(▲2.19%)まで落ちる条件です。

  • 初期修繕額:960万円→4,561万円(戸当たり570万円)まで膨らんで初めてB案と並びます。基礎・構造・シロアリ被害まで手を入れる水準です。
  • 20年後の稼働率:76%→9.4%まで落ちて初めてB案を下回ります。つまり空室が進んだくらいでは建て替えは有利になりません。

初期修繕額の感応度は次のとおりです。

初期大規模修繕額

A案 20年IRR

600万円(75万円/戸)

+3.10%

960万円(120万円/戸・基準)

+2.37%

1,400万円(175万円/戸)

+1.58%

2,000万円(250万円/戸)

+0.65%

2,600万円(325万円/戸)

▲0.15%

裏を返すと、戸当たり325万円を超える工事が必要な状態なら、修繕案のIRRはマイナス圏に入ります。この場合はA案もB案も成立せず、C案(売却)が残る、という読み方になります。

結果から分かること

今回の計算から言えることを整理します。いずれも上記の条件下での結果です。

  1. 建て替えの可否を決めるのは、築年数ではなく「建築費単価」と「取れる賃料単価」の2つ。この2変数で転換点が決まり、金利・空室・築年数では結論が覆りませんでした。
  2. 建築費の上昇は、建て替え判断を静かに不成立側へ動かしている。同じ物件が2016年の建築費なら成立し、2026年の推定建築費では4.56ポイント不足しました。
  3. 融資が通ることと、投資として成立することは別。B案は2年目DSCR1.393で審査上は問題なく、20年目でも1.071を維持します。返済できることと、売らずに持ち続ける価値があることは一致しません。
  4. 土地が高いエリアでは「何もしない」という選択肢が強くなる。修繕案の出口が正味土地値である以上、地価が出口を支えます。逆に土地単価3万円/㎡の帯では修繕案のIRRも+0.70%まで落ち、三案すべてが低い水準に沈みます。
  5. 戸当たり325万円を超える修繕が必要なら、修繕案もマイナス圏。このときは建て替えではなく売却が残ります。「修繕か建て替えか」で悩む前に、修繕見積の総額を確認する順序になります。

投資判断への使い方

築古物件の三択に直面したとき、今回の計算は次の順序で使えます。

  1. 先に修繕見積を取る。 戸当たり何万円かで、修繕案が成立する帯にいるかが決まります。325万円/戸を超えるなら、修繕案は条件付きシミュレーション上マイナス圏です。
  2. 次に、その土地で取れる新築賃料単価を調べる。 円/㎡月で把握してください。建築費単価220千円/㎡なら1,910円/㎡月が目安です。この数字を下回るなら、建て替えの事業計画書がどれだけ立派でも、修繕して持つほうが上回る可能性が高くなります。
  3. 容積の余裕を確認する。 同規模建替は今回の条件では成立しませんでした。戸数を増やせない敷地での建て替えは、賃料単価が相当高くない限り検討対象から外れます。
  4. 「今売ればいくらか」を必ず数字にする。 これが三案すべての出発点です。手取りを把握しないまま修繕や建て替えを決めると、機会費用が見えません。
  5. 金利交渉で判断を変えない。 今回の条件では、金利をゼロにしても建て替えは修繕案に並ぶだけでした。

なお「売って築浅を買い直す」という第4の選択肢もあります。同じ自己資金・同じ30年で持ち切りと比較した結果は「収益物件は買い替えて若返らせるべきか」で検証しており、買い替え頻度によっては30年IRRがかえって下がることが分かっています。また建て替えを前提にするなら、入居者の立退きコストと時期を契約段階からコントロールできるかが効きます。契約形態の選択肢は「定期借家契約は収益物件に向くか」で整理しています。

今回の試算では、売却費用4%・解体費507.6万円・立退料350万円を固定値として置いていますが、実際には測量費・残置物処分・境界確定の有無で変わります。自分の物件の売却価格・残債・解体費・立退料を入れて手残りとIRRを確認したい場合は、売却・出口戦略シミュレーターで手残りとIRRを試算すると、「その他売却費」欄に解体・立退料を含めたうえで1〜35年の各年を比較できます。登録不要で使えます。

分析の限界

この分析で分からないことを明記します。

  1. 税引前の比較である。 三案は課税のタイミングが根本的に違います。C案は今期に譲渡税が発生し、建物の簿価がほぼゼロの築古物件では税負担が重くなります。A案・B案はその課税を繰り延べます。一方B案は新築建物の減価償却で保有中の課税所得を圧縮できます。税引後で計算すればC案の相対評価は下がり、B案の劣位はいくらか縮みます。それでも4.56ポイントの差を埋めるには足りない見込みですが、個別の課税所得帯によって結論が動く可能性は残ります。保有中の減価償却と売却時の課税の関係は「減価償却で減らした税金は、売却時にいくら返すことになるのか」で扱っています。
  2. 建築費単価220千円/㎡は推定値である。 国税庁の建築価額表の最新年は令和5年(2023年)で、2026年の値は建設工事費デフレーターで換算した推計です。また建築価額表は全国・全用途の木造平均であり、賃貸共同住宅に限った単価ではありません。実際の見積はハウスメーカー・工法・地域で大きく振れます。
  3. 立退きの成否と期間は計算に織り込めていない。 立退料50万円/戸は業界の相場レンジを置いたものです。老朽化を理由とする正当事由が認められるか、交渉に何年かかるかは個別事情で決まり、1戸でも残れば建て替えは着工できません。今回は1年目の収入を2ヶ月分に絞ることで簡略的に反映したにとどまります。
  4. 既存建物の実際の状態が反映されていない。 戸当たり120万円で20年もつかは、基礎・土台・シロアリ・雨漏りの有無によります。インスペクションなしには確定できません。
  5. 新築賃料6.8万円は経年減価率1.0%/年からの逆算値である。 実際の新築賃料は周辺の新築供給量・間取り・設備仕様で決まります。賃料下落カーブの置き方そのものがIRRを動かすことは「家賃下落「年1%」は、どこで1%なのか」で検証しています。
  6. 20年という検証期間の影響。 B案は融資期間30年の途中で打ち切っており、残債4,213万円を出口で清算しています。30年保有すれば残債ゼロで評価が変わりますが、その頃には築30年となり再び同じ三択が来ます。
  7. 相関と因果の区別。 建築費上昇と建て替え不成立は、今回の条件下で同時に観測された関係です。建築費以外にも賃料水準の停滞・出口利回りの拡大が同時に効いており、建築費だけが原因と断定するものではありません。

まとめ

築30年木造アパートの三択を同じ機会費用から計算した結果、今回の条件では大規模修繕して持ち続ける案が20年IRR+2.37%、建て替え案が▲2.19%となりました。建て替えが並ぶには新築家賃を18.0%高く取るか、建築費が25.0%下がる必要があり、必要建築費単価164.9千円/㎡は2016年の木造水準に相当します。

判断を分けているのは築年数ではなく、建築費単価と、その土地で取れる賃料単価の2つでした。金利を下げても、空室が進んでも、結論は変わりません。「築30年を超えたから建て替え」という定石は、建築費がこの水準にある限り、賃料単価が高い市場に限定して成り立つ話になっています。

今回のように、修繕・建て替え・売却という性質の異なる選択肢を同じ尺度に乗せるには、機会費用・解体費・立退料・出口価格・残債を一つのキャッシュフローへつなぐ必要があり、表計算では条件の整合を保つだけで手間がかかります。RE-AIでは収益性・価格査定・融資・リスク・出口戦略を同じ入力から並べて確認できるよう設計していますが、個別物件の建物状態や立退き交渉の見通しまで判断できるものではありません。最終的な判断には、インスペクション・建築見積・弁護士や税理士への確認が必要です。

参考資料・出典

本記事の試算は投資助言ではありません。実際の判断は、建築見積・インスペクション結果・融資条件・税務条件を確認のうえ、金融機関・税理士・建築士・弁護士等の専門家へご相談ください。

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この記事を書いた人

鈴木基公

鈴木基公

RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者

不動産投資収益物件分析融資分析出口戦略

1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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