
相続で複数の相続人が収益物件を均等な共有名義のまま持ち続けているケースは珍しくありません。「売りたいのに兄弟の一人が反対して話が進まない」「自分の持分だけ売ったらいくらになるのか分からない」——この記事では、2023年の民法改正と2024年の相続登記義務化を踏まえて、共有名義の収益物件が売却・運営でどこまで動かせるのか、動かせないのかを具体例で整理します。
収益物件が共有名義になる最も多いきっかけは相続です。親が所有していたアパートを、遺産分割協議で「とりあえず均等に」と決め、兄弟姉妹2〜3人がそれぞれ1/2や1/3の共有持分を持つ形で登記する、という進め方は実務上よくあります。夫婦や親子で共同出資して購入する場合にも共有名義は生じますが、この記事では特に相続によって生じる共有に絞って解説します。
注意したいのは、共有名義のまま放置すると共有者が減ることはなく、むしろ増えていく仕組みになっていることです。共有者の一人が亡くなると、その持分がさらにその人の相続人(配偶者や子)に分かれて相続されるため、世代が進むほど共有者の数は増え、合意形成はより難しくなります。これを法務省などは「数次相続」と呼び、所有者不明土地問題の主要な原因の一つとされています。
民法は共有物に対する行為を、影響の大きさに応じて3段階に分けています。日常的な修繕などの「保存行為」は各共有者が単独でできますが、賃貸借契約の締結・更新などの「管理行為」は共有者の持分の価格に従った過半数で決まり、物件の売却のような「変更・処分行為」は共有者全員の同意が必要です(民法251条・252条)。収益物件全体を売却する行為は「処分」にあたるため、持分の大きさに関わらず、共有者が1人でも反対すれば売却は成立しません。
令和5年(2023年)4月1日に施行された民法改正では、共有物の管理に関するルールが見直されました。従来は賃貸借契約の設定なども慎重に扱われていましたが、改正後は一定期間内の短期の賃借権などの設定は「管理行為」として過半数で決定できることが明確になっています。期間の上限は、樹木の植栽・伐採を目的とする山林の賃借権等で10年、その他の土地で5年、建物で3年、動産で6か月です。アパートの賃貸借契約(通常は建物の賃貸借)はこの範囲に収まることが多く、入居者の入れ替わりに伴う新規契約や更新は、共有者全員の同意がなくても持分の過半数で進められる場合があります。
つまり2023年の改正後は、「日々の賃貸運営」と「物件そのものの売却」は法的に別物として扱われている、と理解しておくと判断しやすくなります。日常の運営は過半数で動かせる余地が広がった一方で、売却という最終的な処分行為は、今も全員の同意という高い壁が残っています。
以下は理解しやすくするために単純化した架空例です。相続によって木造アパート1棟を兄弟3人(A・B・C)が各1/3の持分で共有しているとします。Aが「売却して現金化したい」と考えても、BとCのどちらか一方が反対すれば、物件全体の売却という「処分」は成立しません。持分が1/3ずつで過半数の概念が働かないことに加え、そもそも売却そのものが過半数では決められない行為だからです。
売却の同意が得られないまま共有状態が続くと、投資の観点ではいくつかのリスクが積み重なります。
令和6年(2024年)4月1日から、相続による不動産の取得を知った日から3年以内に相続登記を申請することが法律上の義務になりました。正当な理由なく申請を怠ると、10万円以下の過料の対象となり得ます(2024年4月1日より前に発生していた相続にも適用され、その場合は施行日から3年の猶予期間があります)。相続登記を済ませずに放置した期間が長いほど、前述の数次相続が進んで共有者が増え、売却時の同意取得はさらに難しくなります。共有名義のアパートを持つ相続人にとって、この登記義務は「とりあえず後回し」が許されなくなったことを意味します。
共有者全員の同意が得られない場合でも、収益物件を共有名義のまま一生動かせないわけではありません。主な選択肢は次の3つです。
最も手残りが大きくなりやすい方法です。収益物件としての市場価値をそのまま反映した価格で売却でき、売却代金は各共有者の持分割合に応じて分配されます。実際に売却する際は、専任媒介か一般媒介かという媒介契約の選び方によって買い手への届き方が変わり、仲介手数料や譲渡所得税など売却時の費用については収益物件を売却するときの流れと費用はいくらかで詳しく整理しています。収益物件の出口戦略全体の考え方は収益物件の出口戦略完全ガイドも参考にしてください。
共有者の一人が、他の共有者の持分を適正な価格で買い取り、単独所有に切り替える方法です。適正価格の目安は、収益還元法などで算出した物件全体の時価に持分割合を乗じた金額が基準になります。この基準となる物件価格の算出の考え方は収益物件の相続税評価はどう決まる?で整理している相続税評価とは異なる(相続税評価は税務上の評価、ここでの基準は市場価格ベースの時価)点に注意してください。また、相続開始から5年以内の取得では評価の仕組みが変わる場合があるため相続前5年以内に買った収益物件の評価も合わせて確認しておくと判断しやすくなります。
以下は理解しやすくするために単純化した架空例です。前述のアパート(時価2,700万円、兄弟3人が各1/3を共有)で、Aだけがどうしても現金化したいが、BとCは売却に同意しないケースを考えます。
方法 | Aが得られる金額の考え方 | 概算額 |
|---|---|---|
①全員同意で物件全体を売却 | 時価2,700万円の1/3 | 900万円 |
②BとCがAの持分を適正価格で買い取る | ①とほぼ同額が目安 | 900万円前後 |
③共有持分だけを専門の買取業者に売却 | 900万円から一定の値引き(下記参照) | 630万〜720万円程度 |
法律専門家の解説によれば、共有持分だけの売却では「共有減価」と呼ばれる価格の下落が生じ、一般的には時価の2〜3割程度の値引きになることが多いとされています(出典は本文末尾に記載)。これは、持分だけを買い取った業者が、売却や自由な使用のために残りの共有者との交渉や訴訟のコスト・期間を負うことになるためです。上記の例では、900万円の1/3の権利が630万〜720万円程度になり、同じ権利でも全員同意で売るか単独で持分だけ売るかで180万〜270万円の差が生まれる可能性がある、という点を押さえておく必要があります。値引き幅は物件の種類や共有者の状況によって変わるため、実際の取引ではこの範囲に収まらないこともあります。
共有者間の協議がまとまらない場合、裁判所に共有物分割請求訴訟を申し立てる方法があります。裁判所は、物件をそのまま分割する、共有者の一人が他の持分を取得して金銭で賠償する、あるいは物件全体を競売にかけて代金を分けるなどの方法を選択します。手続きには数十万円以上の費用と相応の期間がかかるため、最終手段と位置付けておくのが実務的です。
また、共有者の一人の所在や氏名が分からない場合には、2023年の民法改正で新設された「所在等不明共有者の持分取得制度」(民法262条の2)を使い、裁判所の決定を得て不明共有者の持分を取得できる場合があります。ただし、相続によって生じた共有については、相続開始から10年を経過し、かつ遺産分割が未了のままになっていないことなど一定の条件があり、相続直後にすぐ使える制度ではない点には注意が必要です。
RE-AIのようなAI診断サービスは、物件そのものの収益性・価格・融資・リスク・出口を数値で評価する設計になっていますが、共有名義という「権利関係」の特殊性までは診断の対象にしていません。権利関係の整理は司法書士・弁護士に相談しつつ、持分の買取価格や売却価格が物件の実力に見合っているかどうかは、RE-AIの無料診断で収益性・価格査定・融資・リスク・出口をまとめて確認する、という役割分担で進めるのが現実的です。
共有名義の収益物件は、2023年の民法改正によって賃貸借契約の更新など日常の運営面では過半数で決められる範囲が広がりましたが、物件全体の売却には今も共有者全員の同意が必要です。同意が得られない場合は、持分の買取や共有持分専門業者への売却、裁判所を使った分割請求といった選択肢がありますが、特に持分だけの売却は時価より2〜3割程度低くなりやすいとされています。2024年4月に始まった相続登記の義務化も踏まえ、共有名義を長期化させるほど選択肢が狭まり、価格面でも不利になりやすいことを念頭に、早い段階で方向性を決めることが重要です。
本記事は一般的な情報提供を目的としています。相続・共有不動産に関する法律上の判断は、個別の事情によって結論が異なるため、司法書士・弁護士など専門家にご確認ください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

同じ表面利回り6.4%でも10年IRRは14.7pt違う|築古化で利回りがどこまで開くかを15エリアで逆算した
2026/10/25

相続した収益物件、売却期限は3年10ヶ月より「10ヶ月」が重い|取得費加算と小規模宅地等の特例を同時計算し、持ち続ける価値を逆算
2026/10/25

収益物件を売るときの媒介契約は専任か一般か|囲い込みが起きる理由と、買い手の薄い市場での選び方
2026/10/19

IRRが一番高い年に売るべきか|売却資金の受け皿に必要な税引後利回りは6.00%、実勢の上限は4.44%だった
2026/10/17

収益物件は買取と仲介どちらで売るべきか|価格差「7〜8割」の根拠と判断基準を整理する
2026/10/17

築30年アパートは建て替えか、修繕か、売却か|建て替えが「修繕して持つ」に並ぶには新築家賃+18.0%か建築費▲25.0%が必要だった
2026/10/9

不動産投資ローンの返済が苦しくなったら|リスケジュール・任意売却・競売、分かれ目は滞納前か後かだった
2026/10/5

売り急ぎの値引きは何%までなら割に合うのか|保有を1ヶ月延ばす価値は価格の0.29%、3ヶ月短縮なら値引き上限は1.12%だった
2026/10/2