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価格査定

大規模修繕が未実施の築古アパートはいくら値引けば引き合うのか|IRRを戻すには修繕費の0.89倍、手元資金を戻すには2.86倍だった

大規模修繕が未実施の築古アパートはいくら値引けば引き合うのか|IRRを戻すには修繕費の0.89倍、手元資金を戻すには2.86倍だった

築20年前後の一棟アパートを見ていると、「外壁も屋根も、買ってから自分でやる前提」という物件に当たります。仲介会社からは「その分は指値で調整しましょう」と言われる。では、いくら値引けば本当に埋まるのでしょうか。

この記事では、国土交通省の計画修繕データから「築20年までに投じられているべき修繕額」を積み上げ、それが未実施だった場合に10年IRR・年間キャッシュフロー・投下自己資金がどう動くかを計算しました。そのうえで、「同じ条件に戻すために必要な値引き額」を3つの基準で逆算しています。

結論を先に書くと、必要値引きは基準によって3.2倍の差が出ました。収益性(IRR)を戻すなら修繕費の0.89倍で足りますが、手元資金を戻すには2.86倍が必要です。つまり「修繕費と同額を値引いてもらう」という交渉は、利回りの観点では正しく、資金繰りの観点では足りていません。

この記事で検証する疑問

検証するのは次の4点です。

  • 大規模修繕が未実施の物件は、未実施額がいくらになると投資として成立しなくなるのか
  • その未実施額を「値引き」で埋めるには、いくら必要なのか
  • 値引きで埋まるのは収益性か、それとも資金繰りか
  • 修繕を分割する、あるいは実施しないという選択は、数字の上でどう評価されるのか

価格の出し方そのものは収益物件の価格査定完全ガイドで、指値が通る幅の考え方は収益物件の指値はどこまで通るかで整理しています。本記事はその応用として、「建物の欠けている部分を価格に換算する」ケースを扱います。

なお本記事は、修繕費の「目安額」を示す記事ではありません。目安額そのものは修繕費「家賃の5%」で足りるのかで、修繕が重なる年の手元資金は大規模修繕の年、手元資金はいくら必要かで扱っています。ここでは未実施額を購入価格に換算することだけを扱います。

国交省データ:木造10戸なら築20年までに1棟1,540万円

前提に使う修繕額は、国土交通省「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」に示された長期修繕計画のモデルケースです(公開データ)。木造10戸・1Kのモデルでは、期間別の修繕費用の目安は次のとおりです。

期間(築年数)

1戸あたり

1棟(10戸)あたり

主な工事

5〜10年目

約46万円

約460万円

鉄部塗装、給排水管高圧洗浄

11〜15年目

約18万円

約180万円

屋根塗装・補修、給湯器・エアコン交換

16〜20年目

約90万円

約900万円

外壁塗装、階段・廊下の塗装・防水

21〜25年目

約18万円

約180万円

屋根防水・葺替

26〜30年目

約7万円

約70万円

給排水管取替ほか

30年合計

約177万円

約1,770万円

—

ここから、築年数ごとの「本来であれば累計で投じられているべき金額」を積み上げると次のようになります。

取得時の築年数

あるべき累計修繕額(1棟10戸)

1戸あたり

築10年

約460万円

約46万円

築15年

約640万円

約64万円

築20年

約1,540万円

約154万円

築25年

約1,720万円

約172万円

築30年

約1,790万円

約179万円

築16〜20年の帯だけで900万円、累計の58%を占めます。外壁と階段・廊下が同時期に来るためで、築20年前後の物件は「修繕履歴があるか」で評価が最も大きく分かれる築年数帯だということがデータから読み取れます。

そして、未実施が例外的でないことも公開データで確認できます。国土交通省住宅局の資料では、計画的・定期的に修繕を実施している家主は2割程度と報告されています(平成28年度家主アンケート調査)。つまり残り8割は、何らかの形で計画修繕が後ろにずれている可能性があります。本記事で未実施率20〜80%を試算するのは、悲観シナリオを作るためではなく、この分布に合わせるためです。

なお、構造・間取りによって金額は大きく変わります。同じガイドブックの他のモデルは次のとおりです。

モデル

30年累計(1棟)

1戸あたり

木造10戸・1K

約1,770万円

約177万円

木造10戸・1LDK〜2DK

約2,160万円

約216万円

RC造20戸・1LDK〜2DK

約4,490万円

約225万円

分析の前提条件

以下は条件付きシミュレーションです。実在物件の統計ではなく、分析のために条件を固定した架空ケースです。木造1Kの計画修繕データに合わせ、地方中核市の郊外にある木造10戸・1Kの築20年アパートを想定しました。修繕履歴が価格判断に効く築年数帯であり、かつ法定耐用年数22年に近く融資期間が短くなる層を見るためです。

固定した条件

項目

設定

設定の理由

物件

木造10戸・1K、築20年、地方中核市郊外

国交省の木造1Kモデルと戸数・間取りを一致させるため

売出価格

5,240万円

満室家賃576万円÷表面利回り11.0%から逆算(築20年木造・地方の実勢レンジ)

満室想定年間家賃

576万円(月4.8万円×10戸)

地方中核市郊外の築20年1Kの想定賃料

空室・滞納率

10%

築20年・1K・郊外の想定

運営費

満室家賃の18%=103.68万円(年1.5%上昇)

管理料・固都税・保険・共用光熱・小修繕・原状回復。大規模修繕は含めず別計上

借入

3,668万円(LTV70%)、金利2.4%、期間15年、元利均等

法定耐用年数22年に近い木造のため期間は短く設定

自己資金

2,058万円(頭金1,572万円+諸費用486万円)

諸費用は価格連動5.0%+固定224万円

建物割合

価格の45%=2,358万円

簡便法の耐用年数(22−20)+20×0.2=6年で償却

家賃下落

年0.8%

築20年以降の木造1Kを想定

将来の計画修繕

築21〜25年に年36万円、築26〜30年に年14万円

国交省モデルの21年目以降を年次按分(全ケース共通)

保有期間

10年(売却時は築30年)

—

出口

10年目NOI÷8.6%、売却費用4%

取得時NOI利回り7.91%から築古化で0.7pt拡大

税

個人、所得税・住民税30.42%、長期譲渡20.315%

給与所得と損益通算できる前提。土地取得分の負債利子は通算対象外として処理

変更した条件

  • 未実施率(0%・20%・40%・60%・80%):築20年までのあるべき累計1,540万円に対して未実施の割合。取得1年目に一括で実施すると仮定
  • 必要値引き額:未実施0%のケースと同じ水準に戻すために必要な売買価格の引き下げ額を逆算
  • 追加検証として、LTV(50〜90%)、修繕の分割年数(1〜5年)、修繕を実施しない場合の空室率

ベースケース(未実施0%=計画修繕が実施済み)の数値

項目

金額・数値

表面利回り

10.99%

NOI

414.72万円(NOI利回り7.91%)

年間元利返済額

291.4万円

DSCR

1.423倍

1年目 税引前CF

87.3万円(計画修繕36万円控除後)

1年目 税引後CF

103.4万円(償却による還付を含む)

10年累計 税引後CF

451.7万円

10年目売却価格

4,229万円(残債1,372万円、譲渡税239万円、手取り2,449万円)

10年IRR

4.07%

償却が6年で切れるため、7年目から税引後CFがマイナスに転じます(6年目+95.3万円 → 7年目△19.9万円)。この挙動そのものはデッドクロスは何年目に来るのかで扱った構造で、築古木造ではベースケースでも避けられません。

結果①:未実施額が増えてもDSCRは1.423倍のまま動かない

まず、値引きなしで未実施額だけを変えた結果です。

未実施率

未実施額(1棟)

1戸あたり

DSCR

1年目税引前CF

10年累計税引後CF

10年IRR

ベース比

0%

0万円

0万円

1.423倍

+87.3万円

+451.7万円

4.07%

—

20%

308万円

30.8万円

1.423倍

△220.7万円

+237.4万円

2.88%

△1.19pt

40%

616万円

61.6万円

1.423倍

△528.7万円

+23.1万円

1.81%

△2.26pt

60%

924万円

92.4万円

1.423倍

△836.7万円

△191.2万円

0.83%

△3.23pt

80%

1,232万円

123.2万円

1.423倍

△1,144.7万円

△405.5万円

△0.06%

△4.13pt

注目したいのはDSCRの列です。DSCRはNOI÷年間元利返済額であり、NOIに大規模修繕は含めないのが通常の計算方法です。したがって屋根と外壁に900万円が必要な物件でも、DSCRは健全な1.423倍のまま表示されます。融資審査で見られる指標も、物件概要書から計算できる指標も、未実施修繕を映しません。DSCRの意味そのものは不動産投資のDSCRとはで整理していますが、この指標には「将来支出の先送り」を検知する機能がない、ということです。

一方でIRRは素直に反応します。未実施40%=616万円で10年IRRは4.07%→1.81%(△2.26pt)。1戸あたりではわずか61.6万円の話ですが、自己資金2,058万円に対して30%の追加支出になるため、IRRへの打撃は大きくなります。

結果②:必要値引きは「何を戻すか」で3.2倍違う

次に、未実施額を売買価格の値引きで埋める場合に必要な金額を、2つの基準で逆算しました。

  • IRR基準:10年IRRをベース(4.07%)に戻すのに必要な値引き額
  • 投下自己資金基準:取得時自己資金+前倒し修繕費の合計を、ベースの2,058万円に戻すのに必要な値引き額

未実施額

IRR基準の必要値引き

修繕費に対する倍率

売出価格比

自己資金基準の必要値引き

倍率

売出価格比

308万円

274.1万円

0.89倍

5.23%

880.0万円

2.86倍

16.8%

616万円

548.3万円

0.89倍

10.46%

1,760.0万円

2.86倍

33.6%

924万円

822.4万円

0.89倍

15.69%

2,640.0万円

2.86倍

50.4%

1,232万円

1,096.5万円

0.89倍

20.93%

3,520.0万円

2.86倍

67.2%

倍率はどの水準でも一定で、IRR基準は0.89倍、投下自己資金基準は2.86倍になりました。差は3.2倍です。

なぜこうなるのか。値引き1万円のうち手元に戻ってくるのは、頭金として入れずに済む分(1−LTV=30%)と、価格に連動する諸費用が減る分(5%)の合計、つまり35銭だけです。残りの65銭は借入額の減少として返済負担の軽減に回り、10年間かけてゆっくり戻ってきます。計算式にすると次のとおりです。

投下自己資金を同額に戻す必要値引き = 未実施修繕費 ÷(1−LTV+価格連動諸費用率)

LTV70%・諸費用連動分5%なら 1÷0.35=2.86倍。これに対し、修繕費は100%が自己資金からの支出です。この非対称性が3.2倍の差の正体です。

一方、IRR基準が1倍を下回る(0.89倍)のは、修繕費のうち修繕費計上分が損金になり、資本的支出分も償却されて税負担が軽くなるためです。ただしこの効果は築22年超の木造ではほぼ消えます(修繕費で落とせないと手残りはいくら減るのか)。築年数が進むほど、必要値引きは修繕費と同額に近づきます。

結果③:レバレッジが高いほど「値引きでは埋まらない」

未実施額616万円を固定し、LTVだけを変えて同じ逆算をしました。

LTV

自己資金

DSCR

10年IRR(未実施0%)

IRR基準の値引き

倍率

自己資金基準の値引き

倍率

売出価格比

50%

3,106万円

1.992倍

3.47%

525万円

0.85倍

1,120万円

1.82倍

21.4%

60%

2,582万円

1.660倍

3.72%

535万円

0.87倍

1,369万円

2.22倍

26.1%

70%

2,058万円

1.423倍

4.07%

548万円

0.89倍

1,760万円

2.86倍

33.6%

80%

1,534万円

1.245倍

4.58%

569万円

0.92倍

2,464万円

4.00倍

47.0%

90%

1,010万円

1.107倍

5.42%

603万円

0.98倍

4,107万円

6.67倍

78.4%

IRR基準の値引きはLTVにほとんど影響されません(0.85〜0.98倍)。ところが自己資金基準は1.82倍から6.67倍まで拡大し、LTV90%では売出価格の78.4%を値引かないと手元資金が元に戻らないという計算になります。

これは、自己資金を薄くして買うほど「未実施修繕を値引きで吸収する」という発想が機能しなくなることを意味します。頭金を抑えるほどIRRは上がる(3.47%→5.42%)のに、同じ修繕費が資金繰りに与える打撃は反比例して重くなる。レバレッジは収益性を押し上げるが、一時的な大型支出に対する耐性は逆方向に動くという関係です。

結果④:分割実施は資金繰りを救うが、収益性は救わない

未実施616万円を一括ではなく複数年に分けて実施した場合を試算しました。

実施方法

1年目 税引前CF

10年IRR

IRR基準の必要値引き

1年目に一括

△528.7万円

1.81%

548.3万円

2年分割

△220.7万円

1.83%

537.5万円

3年分割

△118.0万円

1.84%

527.1万円

5年分割

△35.9万円

1.88%

507.0万円

1年目の税引前CFは△528.7万円から△35.9万円まで、493万円ぶん改善します。ところが10年IRRは1.81%→1.88%、わずか0.07ptしか動きません。必要値引きも548万円→507万円で41万円の差です。

工事を先延ばしにしても、収益性はほとんど改善しません。改善するのは「1年目に用意すべき現金」だけです。分割実施は資金計画の手段であって、投資判断を変える手段ではない、という整理になります(ただし、先延ばしの間に劣化が進んで工事費が増える可能性は本試算に織り込んでいません)。

なお転換点として、1年目の税引前CFがゼロになる未実施額は87.3万円でした。これはベースケースの年間CF(87.3万円)そのものです。つまり年間CFを超える修繕は、どう分割してもその年の家賃では払えず、手元資金から出ることになります。1戸あたり8.7万円を超える工事は、すべてこの領域に入ります。

今回の試算は、修繕の実施年と金額を特定の形で固定しています。実際には工事の時期・金額・分割の仕方で結果は変わります。自分の物件条件で確認したい場合は、RE-AIの無料キャッシュフローシミュレーターで、大規模修繕の実施年と金額を手入力したうえで、年次の手元資金とCF損益分岐空室率を試算できます。

結果⑤:「修繕しない」は空室率15.66%と等価だった

三番目の選択肢として、616万円を支出せず、代わりに物件の競争力が落ちて空室率が上がるケースを計算しました。

シナリオ

空室・滞納率

NOI

DSCR

1年目税引前CF

10年IRR

10年目売却価格

616万円を実施

10%

414.7万円

1.423倍

△528.7万円

1.81%

4,229万円

実施しない

12%

403.2万円

1.384倍

+75.8万円

3.29%

4,104万円

実施しない

14%

391.7万円

1.344倍

+64.3万円

2.49%

3,980万円

実施しない

16%

380.2万円

1.304倍

+52.7万円

1.66%

3,855万円

実施しない

18%

368.6万円

1.265倍

+41.2万円

0.80%

3,731万円

両者が同じ10年IRRになる水準を逆算すると、空室率15.66%でした。つまり「616万円を払って空室率10%を維持する」ことと、「払わずに空室率が5.66pt悪化する」ことが、この条件下では等価です。

この結果は読み方に注意が必要です。空室率の悪化が5.66pt未満で収まるなら、数字の上では実施しないほうがIRRは高くなります。ただし本試算には、(1)漏水・外壁落下など突発的な損害、(2)出口で買い手が同じ修繕費を指値に反映してくること、(3)修繕を先延ばしした場合の工事費増、が含まれていません。とくに(2)は構造的で、劣化が進んだ物件は売却時に買い手から同じ減額を要求されます。「実施しない」は空室率の問題に見えて、実際には出口価格の問題に姿を変えます(同じ表面利回り6.4%でも10年IRRは14.7pt違う)。したがってこの表は「実施しないほうが得だ」と読むべきものではなく、空室率への影響が5.66ptを超えるかどうかが判断の分かれ目になると読むのが適切です。

転換点の整理

今回の条件で見つかった境界値をまとめます。いずれも本記事の固定条件に限定した結果です。

何が起きるか

未実施額(1棟10戸)

1戸あたり

未実施率

1年目の税引前CFがゼロになる(一括実施)

87.3万円

8.7万円

5.7%

10年IRRが3%を割る

275.0万円

27.5万円

17.9%

10年IRRが2%を割る

558.2万円

55.8万円

36.2%

10年累計の税引後CFがゼロになる

649.2万円

64.9万円

42.2%

10年IRRがゼロになる

1,210.9万円

121.1万円

78.6%

1戸あたり27.5万円──外壁塗装の一部に相当する金額で、10年IRRは3%を割ります。築20年木造のあるべき累計が1戸154万円であることを踏まえると、この境界はかなり手前にあります。

投資判断への使い方

この分析から取り出せる使い方は4つです。

1. 物件概要書とDSCRでは判断できないと割り切る。DSCRは1.423倍のまま動きませんでした。修繕履歴・長期修繕計画・直近の工事見積の3点は、利回りと同じ優先度で売主に確認する項目です。確認できない場合は「未実施」として扱うのが、公開統計(計画修繕を実施している家主は2割程度)に照らせば妥当な前提になります。

2. 値引き交渉は「どちらを戻したいのか」を先に決める。収益性を戻したいなら未実施額の0.89倍、つまりほぼ同額の値引きで足ります。これは交渉可能な範囲に収まることが多い水準です。一方、手元資金を戻したいなら2.86倍(売出価格の33.6%)が必要で、現実的にはまず通りません。値引きで埋まるのは収益性、埋まらないのは資金繰りという切り分けが要点です。空室という別の減額要因について同じ逆算をした結果は空室2戸の物件はいくら値引けば引き合うのかにあり、必要値引きは売出価格の1.9%でした。未実施修繕の10.46%は、桁がひとつ違う減額要因だということになります。

3. 修繕費は値引きではなく手元資金で備える。2の帰結として、未実施修繕のある物件を買うなら、通常の運転資金に加えて未実施額に近い現金を別に確保する必要があります。年間CFを超える工事は家賃では払えません。LTVを上げてIRRを稼ぐ戦略と、未実施修繕を抱えた物件は相性が悪い組み合わせです。

4. 単一指標で結論を出さない。今回の条件では、未実施40%の物件は「IRRでは成立しうるが資金繰りでは厳しい」、LTV90%では「IRRは最も高いが一時支出への耐性は最も低い」という結果になりました。買う・買わないの二択ではなく、どの軸で不足しているのかを分けて見るほうが判断に使えます。IRRが特に反応しやすい変数の順位づけは収益物件の前提は、どれを一番慎重に見るべきかで扱っています。

今回のように、修繕の実施年・金額・空室率・金利・出口利回りを同時に動かすと、表計算では確認すべき組み合わせが急速に増えます。RE-AIはこうした複数条件をまとめて確認できるよう設計していますが、物件個別の建物状態や見積の妥当性までを判断できるものではありません。

この分析で分からないこと

本記事はひとつの固定条件下での計算結果であり、次の点は扱えていません。

  • 実際の工事見積。国交省ガイドブックはモデルケースの目安で、建物形状・足場条件・地域の施工単価・資材価格で金額は大きく変わります。近年の建築費上昇は本試算に反映していません
  • 修繕履歴の実態。「未実施率」は仮定した変数で、実在物件の分布を測ったものではありません。公開統計から得られるのは「計画的に修繕している家主が2割程度」という事実までです
  • 相関と因果。結果⑤の空室率上昇は仮定した数値です。修繕未実施が空室率を何pt押し上げるかを示す実証データは本記事では用いていません
  • 個別物件の競争力・周辺供給。同じ修繕状態でも、競合物件の築年数や供給量によって空室への影響は変わります
  • 実際の融資条件。金融機関は建物状態を担保評価や融資期間に反映することがあり、未実施修繕が借入条件そのものを変える可能性は織り込んでいません
  • 税務の個別事情。修繕費と資本的支出の区分は工事内容ごとの判断であり、本試算の60%/40%という配分は仮定です。損益通算の可否も所得状況によって変わります。取得時諸費用の取得費加算は簡略化のため除外しており、譲渡税はやや保守的に出ています
  • 売却時の市場環境。出口利回り8.6%は仮定で、金利環境や買い手の融資条件で変動します

まとめ

国交省の計画修繕データでは、木造10戸・1Kのアパートは築20年までに1棟1,540万円(1戸154万円)が投じられているべき計算になります。これが未実施だった場合、売出価格5,240万円・LTV70%・保有10年の条件では次のようになりました。

  • 未実施40%(616万円)で10年IRRは4.07%→1.81%(△2.26pt)。一方でDSCRは1.423倍のまま動かない
  • 10年IRRを戻すのに必要な値引きは未実施額の0.89倍(616万円に対し548万円、売出価格の10.46%)
  • 投下自己資金を戻すのに必要な値引きは2.86倍(1,760万円、売出価格の33.6%)。基準によって3.2倍の差
  • LTVが高いほどこのギャップは拡大し、LTV90%では自己資金基準で6.67倍(売出価格の78.4%)
  • 分割実施は1年目のCFを493万円改善するが、10年IRRは0.07ptしか動かない
  • 1戸あたり27.5万円の未実施で10年IRRは3%を割る

「修繕費の分を値引いてもらう」という交渉は、利回りの観点では正しい発想です。ただしそれで埋まるのは収益性だけで、工事代金を払うための現金は別に必要になります。未実施修繕のある物件で先に確認すべきは、値引き幅よりも手元資金がいくらあるかでした。

参考資料・出典

  • 国土交通省「民間賃貸住宅の計画修繕ガイドブック」(住宅局住宅総合整備課賃貸住宅対策室)https://www.mlit.go.jp/common/001231404.pdf(修繕周期、木造10戸1K・木造10戸1LDK〜2DK・RC造20戸のモデル別修繕費用の目安)
  • 国土交通省 住宅局「賃貸住宅の計画的な維持管理及び性能向上の推進について〜計画修繕を含む投資判断の重要性〜」平成31年3月https://www.mlit.go.jp/common/001285578.pdf(計画的・定期的に修繕を実施している家主は2割程度/平成28年度家主アンケート調査)
  • 国税庁「中古資産の耐用年数」(簡便法による耐用年数の算定)
  • 国税庁「資本的支出と修繕費」(区分の判定)
  • 租税特別措置法第41条の4(不動産所得の損失のうち土地等取得負債利子相当額の損益通算の制限)

情報確認日:2026年10月31日。金利・建築費・賃貸市場・税制は時点依存のため、実際の判断時には最新の数値をご確認ください。本記事の数値は記載した固定条件下での計算結果であり、特定物件の投資成果を示すものではありません。

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この記事を書いた人

鈴木基公

鈴木基公

RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者

不動産投資収益物件分析融資分析出口戦略

1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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