
収益物件の売買契約書には、総額とは別に「土地○○円・建物○○円」という内訳が書かれています。この内訳=土地建物の按分比率は、購入者が支払う金額を1円も変えません。それでも、保有中の減価償却費、毎年の所得税・住民税、売却時の譲渡所得税、そして最終的な税引後IRRを大きく動かします。
実務では「建物比率は高いほど得」と説明されることがあります。償却費が増え、保有中の税金が減るからです。しかし、減らした税金は売却時に譲渡所得税として一部が戻ってきます。では、保有中に減らした税金のうち、売却時に何%を返すことになるのか。そして、返す額が減った額を上回る条件はあるのか。
この記事では、同一の物件条件・融資条件を固定したうえで、建物比率を45%・60%・75%の3水準、構造を木造・重量鉄骨造・RC造の3種類、投資家の他の所得(課税所得)を300万円・800万円・1,200万円の3水準に変えて、10年保有の税引後IRRを27通り計算しました。結果として、木造では課税所得562万円が符号の分岐点になり、それを下回る投資家は建物比率を上げるほど税引後IRRが下がることが分かりました。
結論を1行で言うと、建物比率の有利・不利は「償却年数」と「投資家自身の課税所得」の組み合わせで符号が変わる、というのが今回の計算結果です。
まず制度面を確認します。建物は減価償却の対象ですが、土地は償却できません(国税庁 No.2100 減価償却のあらまし)。したがって同じ総額でも、建物へ配分された金額が大きいほど毎年の経費が増えます。
ただし、按分比率を売主・買主が任意に決めてよいわけではありません。売買契約書の配分が著しく不合理と判断された場合、固定資産税評価額の価額比などの合理的な方法で計算し直されることがあります。国税不服審判所の令和6年11月14日裁決では、契約書記載の配分ではなく固定資産税評価額の価額比により建物の取得価額および課税仕入れに係る支払対価の額を算定すべきとされた事例が報じられています(税理士法人等による解説。原典は国税不服審判所の裁決事例)。
実務上、合理的とされる按分方法は主に次の3つです。
つまりこの記事の分析は、「好きな比率を書けば得をする」という話ではありません。合理的に説明できる範囲で複数の按分方法が成り立つとき、その選択が投資成績にどれだけ効くのかを数値化することが目的です。
今回は按分比率そのものの効果を切り出すため、物件価格・賃料・融資条件をすべて同一に固定しました。
項目 | 設定 | 設定理由 |
|---|---|---|
物件価格 | 7,500万円 | 地方中核市の中古一棟(築22年)で、個人が金融機関から一棟融資を受ける現実的な価格帯として設定 |
満室想定年間家賃 | 600万円(表面利回り8.00%) | 築22年の地方一棟として整合する水準 |
空室・滞納率 | 6% | — |
年間運営費 | 120万円(満室家賃の20%) | 管理委託費・固都税・保険・通常修繕を含む |
NOI(1年目) | 444.0万円(NOI利回り5.92%) | 600×0.94−120 |
借入条件 | 6,000万円・金利2.3%・期間20年・元利均等(LTV80%) | 年間返済374.6万円、DSCR1.19倍 |
初期自己資金 | 2,062.5万円(頭金1,500万円+諸費用7.5%) | IRRの投下資金 |
保有期間・出口 | 10年保有/NOI年▲0.5%/Exit Cap 6.5% | 購入時NOI利回り5.92%から0.58pt悪化を想定 |
売却関連 | 売却価格6,497万円/売却費用221万円/10年後残債3,343万円 | 仲介手数料上限+消費税で計算 |
譲渡税率 | 20.315%(長期譲渡) | 所得税15%+復興特別所得税+住民税5% |
これは実在する物件の統計ではなく、条件を固定したシミュレーションです。
法定耐用年数を超えた中古資産は「法定耐用年数×20%」、超えていない場合は「(法定耐用年数−経過年数)+経過年数×20%」で簡便法により見積もります(国税庁 No.5404 中古資産の耐用年数)。築22年ではこうなります。
構造 | 法定耐用年数 | 築22年の償却年数 | 定額法償却率 | 建物5,625万円の場合の年間償却費 |
|---|---|---|---|---|
木造 | 22年 | 4年 | 0.250 | 1,406.2万円 |
重量鉄骨造 | 34年 | 16年 | 0.063 | 354.4万円 |
RC造 | 47年 | 29年 | 0.035 | 196.9万円 |
同じ建物金額でも、木造は重量鉄骨造の約4倍、RC造の約7倍の速度で費用化されます。この差が、按分比率の効き方をまったく別物にします。
この分析では、単純に「限界税率×償却費」で節税額を出していません。それでは大きすぎる償却費の効果を過大評価してしまうためです。次の3点を織り込みました。
青色申告特別控除、消費税の課税事業者判定、購入諸費用の取得費算入は考慮していません(取得費は購入価格7,500万円のみとしています)。
まず確認しておくべき事実です。1年目の税引前CFは NOI 444.0万円 − 年間返済 374.6万円 = 69.4万円。これは建物比率45%でも75%でも同じです。DSCR1.19倍も変わりません。
按分比率が動かすのは税金だけです。言い換えれば、按分比率で改善するのは「税引後」の数字であり、融資審査で見られる返済余力そのものは1ミリも改善しません。ここを混同すると、按分比率で物件の質が良くなったかのような誤解が生まれます。
10年保有・売却まで含めた自己資金ベースの税引後IRRです。カッコ内は同じ構造・同じ課税所得における建物比率45%との差です。
建物比率 | 木造(償却4年) | 重量鉄骨造(16年) | RC造(29年) |
|---|---|---|---|
45% | 3.84% | 4.18% | 3.61% |
60% | 3.57%(▲0.27pt) | 4.61%(+0.43pt) | 3.86%(+0.25pt) |
75% | 2.53%(▲1.30pt) | 4.54%(+0.36pt) | 4.09%(+0.48pt) |
建物比率 | 木造(償却4年) | 重量鉄骨造(16年) | RC造(29年) |
|---|---|---|---|
45% | 4.18% | 3.85% | 2.76% |
60% | 4.48%(+0.31pt) | 4.42%(+0.57pt) | 3.22%(+0.46pt) |
75% | 5.42%(+1.24pt) | 4.57%(+0.72pt) | 3.67%(+0.91pt) |
建物比率 | 木造(償却4年) | 重量鉄骨造(16年) | RC造(29年) |
|---|---|---|---|
45% | 4.89% | 3.41% | 2.33% |
60% | 6.38%(+1.49pt) | 4.24%(+0.83pt) | 2.79%(+0.46pt) |
75% | 7.45%(+2.56pt) | 4.59%(+1.19pt) | 3.23%(+0.90pt) |
同じ物件・同じ価格・同じ融資条件でありながら、按分比率と課税所得の組み合わせで税引後IRRは2.33%〜7.45%まで、5.12pt の幅で動きました。そして木造の列だけ、課税所得300万円のときに符号が反転しています。
建物比率を45%から75%へ上げたときの「10年間の税負担の軽減額」と「売却時の譲渡所得税の増加額」を並べます。返済率=譲渡税増加額÷保有中の軽減額です。
課税所得 | 構造 | 保有中の税軽減 | 売却時の譲渡税増 | 返済率 | 通算差引 |
|---|---|---|---|---|---|
300万円 | 木造 | 146万円 | 457万円 | 313.2% | ▲311万円 |
重量鉄骨造 | 320万円 | 288万円 | 89.9% | +32万円 | |
RC造 | 240万円 | 151万円 | 63.1% | +88万円 | |
800万円 | 木造 | 559万円 | 457万円 | 81.8% | +102万円 |
重量鉄骨造 | 404万円 | 288万円 | 71.2% | +116万円 | |
RC造 | 344万円 | 151万円 | 44.0% | +193万円 | |
1,200万円 | 木造 | 647万円 | 457万円 | 70.7% | +190万円 |
重量鉄骨造 | 510万円 | 288万円 | 56.5% | +222万円 | |
RC造 | 344万円 | 151万円 | 44.0% | +193万円 |
建物比率を上げて得た節税は、最も条件が良いRC造・課税所得800万円以上のケースでも44.0%を売却時に返しています。「純粋な節税」ではなく、税の繰り延べと税率差取り(保有中の累進税率と譲渡税率20.315%の差)の組み合わせだということが数字で確認できます。
そして課税所得300万円・木造では返済率が313.2%。146万円しか減らせなかったのに、457万円を返しています。差引で311万円のマイナスです。
建物比率75%・木造・課税所得300万円のケースを年次で追うと、原因がはっきりします。
年 | NOI | 支払利息 | 減価償却費 | 不動産所得 | 税負担 | 税引後CF |
|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 444万円 | 135万円 | 1,406万円 | ▲1,098万円 | ▲51万円 | +120万円 |
2 | 442万円 | 130万円 | 1,406万円 | ▲1,094万円 | ▲51万円 | +118万円 |
3 | 440万円 | 124万円 | 1,406万円 | ▲1,091万円 | ▲51万円 | +116万円 |
4 | 437万円 | 118万円 | 1,406万円 | ▲1,087万円 | ▲51万円 | +113万円 |
5 | 435万円 | 112万円 | 0万円 | +323万円 | 0万円 | +61万円 |
6〜7 | 431〜433万円 | 100〜106万円 | 0万円 | +327〜331万円 | 0万円 | +56〜58万円 |
8 | 429万円 | 94万円 | 0万円 | +335万円 | +99万円 | ▲45万円 |
9〜10 | 424〜427万円 | 81〜87万円 | 0万円 | +339〜344万円 | +100〜102万円 | ▲48〜52万円 |
1年目の不動産所得は▲1,098万円の赤字ですが、他の所得は300万円しかありません。通算できるのは300万円分だけで、残る約798万円は純損失として繰り越されます。しかし翌年以降も赤字が続くため使えず、3年の繰越期限を過ぎて切り捨てになります。
結果として、1〜4年目の税軽減は年51万円で頭打ちになりました。実際、課税所得300万円のケースでは建物比率60%と75%で10年間の税軽減額がどちらも98万円と同額になります。建物比率を15pt上げても、税金は1円も余分に減っていません。
一方、譲渡所得税は容赦なく増えます。累計償却額が増えた分だけ簿価が下がり、譲渡益が増えるからです。使い切れない償却費を作っても、売却時の請求書だけが増える——これが符号反転の正体です。
同じ条件で課税所得1,200万円なら、1年目の税軽減は347万円。赤字1,098万円のうち大部分を通算できるため、償却が無駄になりません。同じ物件・同じ契約書でも、買う人によって結論が変わります。
なお5年目以降、償却がゼロになった途端に税引後CFが年▲45万〜▲52万円へ転落しています。これは築古木造で典型的なデッドクロスです。詳しくは減価償却が終わった年、税引後CFはいくら減るかで検証しています。
符号が反転する境界を逆算しました。今回の条件下で、建物比率75%が建物比率45%を上回るために必要な「他の所得(課税所得)」は次のとおりです。
構造 | 償却年数 | 分岐点となる課税所得 | 意味 |
|---|---|---|---|
木造 | 4年 | 約562万円 | これ未満だと建物比率を上げるほど税引後IRRが下がる |
重量鉄骨造 | 16年 | 約202万円 | 多くの投資家で建物比率を上げる方が有利 |
RC造 | 29年 | 実質的に全域 | 償却がゆるやかで通算しきれるため常にプラス |
逆方向に、課税所得を固定して「建物比率をどこまで上げてよいか」の上限も逆算できます。木造の場合です。
課税所得 | 建物比率45%より不利になる比率 |
|---|---|
300万円 | 55.9%超 |
500万円 | 71.0%超 |
800万円 | 95.0%超(実質的に制約なし) |
課税所得300万円の投資家が築22年の木造を買う場合、この条件では建物比率は55.9%あたりが実質的な上限になります。これを超えた分の償却費は、税金を減らさずに売却時の譲渡益だけを増やします。
ただし、これらの数値はあくまで今回の固定条件(価格7,500万円・NOI444万円・借入6,000万円/2.3%/20年・10年保有・Exit Cap6.5%)における結果です。NOIや利息が変われば分岐点も動きます。
木造で建物比率75%と45%の差を、保有年数別に見ます。
保有年数 | 課税所得300万円 | 課税所得1,200万円 |
|---|---|---|
5年 | ▲6.87pt | +2.93pt |
7年 | ▲2.58pt | +2.82pt |
10年 | ▲1.30pt | +2.56pt |
15年 | ▲0.48pt | +2.03pt |
20年 | ▲0.19pt | +1.59pt |
課税所得が低い場合、短期で売るほど傷が深くなります。保有5年では▲6.87pt。償却の使い残しで得られなかった節税に対し、増えた譲渡税を早い時点で払うためです。保有期間が延びると差は縮まりますが、20年経ってもプラスには転じません。
逆に課税所得1,200万円では、どの保有年数でもプラスを維持しつつ、保有が長くなるほど優位は縮小します。節税の先取り効果が時間とともに薄まるためです。
建物の譲渡には消費税が課され、土地には課されません(国税庁 No.6301 課税標準)。売主が課税事業者の場合、総額7,500万円(税込)の内訳はこうなります。
建物比率(税込ベース) | 建物(税込) | 建物(税抜) | 消費税相当 |
|---|---|---|---|
45% | 3,375万円 | 3,068.2万円 | 306.8万円 |
60% | 4,500万円 | 4,090.9万円 | 409.1万円 |
75% | 5,625万円 | 5,113.6万円 | 511.4万円 |
買主が免税事業者(多くの個人投資家)であれば税込経理となり、消費税込みの金額が建物の取得価額になるため、上の分析はそのまま成り立ちます。一方、売主が個人(非課税)か法人(課税)かで総額の意味が変わり、消費税の還付を狙う場合はさらに別の論点が加わります。按分比率の話は、所得税・法人税・消費税の3つが同時に動く論点であるという点は押さえておく必要があります。
今回の計算から言えることを整理します。
なお、この分析は「建物比率を高くすべきか低くすべきか」を一律に決めるものではありません。今回の条件では収益性そのもの(NOI444万円、DSCR1.19倍)は按分比率に影響されず、動いたのは税引後の手残りとIRRだけです。DSCR1.19倍という水準は融資審査上けっして余裕がある値ではなく、按分比率の最適化より先に確認すべき論点が残っています。
今回の試算は取得費7,500万円・保有10年・Exit Cap 6.5%に固定したものです。実際の譲渡税は、確定申告資料や固定資産台帳で確認した取得費・累計減価償却費によって変わります。自分の数値で売却時の手残りと税引後IRRを確認したい場合は、RE-AIの売却・出口戦略シミュレーターで取得費と減価償却費を入力して譲渡税と手残りを試算することができます(登録不要)。保有1〜35年の各年について同じ式で計算するため、「何年目に売ると税引後で最も残るか」を条件を変えながら確認できます。
また、今回の結果は「償却年数が短いほど按分比率の影響が大きい」という相関を示していますが、木造だから不利という因果ではありません。不利になったのは償却費が投資家の他の所得を超えたことが直接の要因であり、同じ木造でも課税所得が十分にあれば最大の優位を生んでいます。
金利、空室率、家賃下落、修繕費に加えて、按分比率・償却年数・自分の課税所得まで同時に動かすと、表計算での確認項目は急速に増えます。RE-AIでは、こうした複数条件を収益性・融資・出口の各面からまとめて確認できるよう設計しています。ただし本記事の試算も含め、税務判断は個別事情によって結論が変わるため、実際の按分決定にあたっては税理士へご確認ください。
情報確認日:2026年9月2日
本記事の数値は、上記の制度に基づきRE-AI編集部が独自に設定した条件で計算したシミュレーション結果であり、実際の取引統計やRE-AIの診断実績データではありません。投資判断および税務判断は、税理士・金融機関等の専門家に確認のうえ、ご自身の責任で行ってください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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