
賃貸物件の退去が決まったとき、「原状回復費用のうち、どこまでを自分(オーナー)が負担しなければならないのか」で迷う収益物件オーナーは少なくありません。国土交通省のガイドラインには負担割合の考え方が示されていますが、実際の工事費用に当てはめて試算した情報は多くありません。本記事では、経過年数による負担割合の計算方法を、入居年数別の架空試算で確認します。
原状回復とは、賃借人の居住・使用によって生じた建物価値の減少のうち、通常の使用を超える損耗・毀損を復旧することを指します。国土交通省が公表している「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」では、次のように負担の考え方が整理されています。
つまり「退去時の原状回復費用=すべて敷金や借主負担でまかなえる」という前提は正確ではありません。通常損耗分は、収益物件を保有し続ける限りオーナーが継続的に負担する運営コストの一部です。
ガイドラインでは、クロスなど経年劣化が生じる内装・設備について、耐用年数が経過すると残存価値が1円になるような直線(または曲線)を想定し、経過年数に応じて借主の負担割合を算定するとしています。クロスの場合、この経過年数の目安は6年とされています。つまり、入居から6年以上が経過した箇所については、通常損耗分の借主負担はほぼゼロに近づき、その分オーナー負担が増える計算になります。
以下は考え方を理解しやすくするために単純化した架空例です。1住戸のクロス張替え工事費を6万円と仮定し、入居年数によって負担割合がどう変わるかを試算します。
入居年数(経過年数) | 借主負担割合 | 借主負担額 | オーナー負担額 |
|---|---|---|---|
2年で退去 | 約67% | 約4.0万円 | 約2.0万円 |
7年で退去(6年経過後) | ほぼ0% | ほぼ0円 | 約6.0万円(全額) |
短期間で退去した入居者ほど借主負担割合は大きく、長く住んだ入居者ほど「通常損耗」とみなされる範囲が広がり、1回あたりのオーナー負担は増えます。感覚的には「長く住んでもらうほど原状回復費は抑えられる」と考えがちですが、クロスの経年劣化に関しては逆の傾向になる点に注意が必要です。
ただし、1回あたりの負担額だけで判断すると見誤ります。入居サイクルが短ければ退去・張替えの回数自体が増えるためです。同じ架空条件(クロス張替え費用6万円)で、20年間の保有期間中に「2年サイクルで退去が続く住戸」と「7年サイクルで退去が続く住戸」を比較すると、次のようになります。
入居サイクル | 20年間の想定退去回数 | 1回あたりオーナー負担 | 20年累計オーナー負担 |
|---|---|---|---|
2年サイクル | 約10回 | 約2.0万円 | 約20万円 |
7年サイクル | 約3回 | 約6.0万円 | 約18万円 |
この架空試算では、クロス分の累計負担額に大きな差は出ませんでした。入居が短期化するほどオーナーが不利になるとは一概に言えず、退去1回あたりの原状回復費だけでなく、空室期間・広告料(AD)・仲介手数料まで含めた入替コスト全体で比較する視点が欠かせません。入替コスト全体の試算については、当ブログの「「空室率5%」の収支計算は年CFを46%過大に見せる|退去1回30.7万円の入替コストを試算」でも扱っています。
賃貸借契約に「経年劣化分も借主が負担する」といった特約を設けること自体は可能ですが、ガイドラインでは、借主に通常より重い負担を課す特約が有効となるには、次の3つの要件をいずれも満たす必要があるとされています。
これらを満たさない特約は、後のトラブルや無効主張の原因になり得ます。特約を設ける場合は、内容を契約書に明記し、契約時に借主へ個別に説明した記録を残すなど、要件を満たす形で運用することが重要です。契約書全体で見落としやすいポイントについては「重要事項説明書で見落とすと危ない7項目」も参考になります。
実務上は、以下のような流れで負担区分を確定させ、敷金から差し引く形で精算するケースが一般的です。
見積もり内容や負担区分の説明が不十分だと、退去後のトラブルや返還請求につながることがあります。管理会社に精算を任せている場合でも、負担区分の根拠がガイドラインに沿っているかをオーナー自身が把握しておくと、想定外の請求や対応の遅れを防ぎやすくなります。
これから収益物件を購入する場合、レントロールで各住戸の入居開始日を確認すると、将来発生する原状回復費用の見通しを立てやすくなります。入居年数が6年を超えている住戸が多い物件は、退去時のオーナー負担(通常損耗分)が相対的に大きくなりやすく、逆に入居して間もない住戸が多い物件は、短期間での退去リスクと入替コストの発生頻度に注意が必要です。レントロールの確認ポイントは「レントロールの見方|賃料のばらつきや入居日の偏りが意味するリスク」で詳しく解説しています。
以下は、初めて一棟アパートを保有するオーナーを想定し、理解しやすくするために単純化した架空例です。木造アパート1棟(6戸、築15年、単身者向け1K)を物件価格4,200万円、自己資金840万円(20%)、借入3,360万円、金利2.5%、融資期間20年で購入したケースを想定します。満室想定の年間家賃収入は396万円(表面利回り9.43%)、運営費を家賃収入の20%と仮定するとNOIは約317万円、年間ローン返済額は約214万円で、DSCRは約1.48倍、ローン返済後のキャッシュフローは年間約103万円となります。
ここに、前述のような原状回復費用のオーナー負担分(年換算で数万円〜十数万円程度になり得る)や、修繕費・空室損を織り込まずに「103万円のCFが確実に残る」と捉えてしまうと、実際の手残りとの差に後から気づくことになります。原状回復費用は計画修繕とは別枠の運営コストとして、年間収支に組み込んでおくことが望ましい項目です。計画修繕費との違いについては「修繕費「家賃の5%」で足りるのか」で試算しています。自分の物件の条件で、原状回復費用や退去コストを織り込んだ年間キャッシュフローを確認したい場合は、RE-AIのキャッシュフローシミュレーター(無料)で家賃・空室率・経費条件を入力して試算できます。
収益物件全体の管理・空室対策の考え方は「収益物件の管理会社選びと空室対策|キャッシュフローを守るための完全ガイド」で体系的に解説しています。
原状回復費用のうち経年劣化・通常損耗分は、国土交通省のガイドラインに沿う限り原則としてオーナー負担になります。クロスなどはおおむね経過年数6年で借主負担がほぼゼロになる計算のため、入居年数が長いほど1回あたりのオーナー負担は増えますが、入居サイクルが短い物件では退去回数自体が増えるため、累計負担額は一概にどちらが有利とも言えません。特約で借主負担を広げる場合も、ガイドラインが示す3要件を満たしているかを確認する必要があります。物件ごとの入居年数のばらつきや実際の工事費用によって結果は変わるため、レントロールの確認と、年間収支への織り込みを合わせて行うことをおすすめします。
※本記事の制度・ガイドラインに関する情報は2026年9月時点で公開されている内容に基づきます。今後の改定により内容が変わる可能性があります。個別の契約・請求内容については、管理会社や弁護士など専門家にご確認ください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。