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浸水想定区域の一棟アパートは、いくら安ければ買えるのか|日銀の地価推計を物件価格に換算し、8,000万円物件で必要値引き額を逆算

浸水想定区域の一棟アパートは、いくら安ければ買えるのか|日銀の地価推計を物件価格に換算し、8,000万円物件で必要値引き額を逆算

収益物件の資料を見て、住所をハザードマップに入力する。「想定浸水深3m」と表示される。ここで多くの投資家が直面するのは、「では、この物件はいくら安ければ買っていいのか」という問いです。

一般的な記事は、ここで「浸水想定区域は避けましょう」または「価格が安いのでチャンスです」のどちらかで終わります。どちらも、いくら安ければ割に合うのかという肝心の数字を出していません。

この記事では、日本銀行のワーキングペーパーが公示地価をもとに推計した「水害リスクの地価への織り込み幅」を出発点に、それを一棟アパートの物件価格ベースへ換算し、価格8,000万円・借入7,000万円の物件で「区域外の物件と同じ10年IRRを確保するために必要な値引き額」を逆算しました。

結論を先に書くと、必要値引き額は32万円から338万円まで、10倍以上の幅になりました。幅が生まれる原因は浸水深そのものではなく、「収益物件の買い手を、住宅地の買い手とみなすか、商業地の買い手とみなすか」という換算基準の選び方でした。

この記事で検証すること

中心となる問いは3つです。

  • 地価の推計値(○%下落)を、土地と建物を合わせた物件価格ベースに直すといくらになるのか
  • 値引きを取らずに相場価格で買った場合、10年IRRはどれだけ落ちるのか
  • 区域外の物件と同じIRRにするには、購入価格をいくら下げる必要があるのか(逆算)

購入前のリスク確認全体の流れは収益物件購入前のリスクチェック完全ガイドで扱っています。本記事はそのうち「ハザード」の1項目を、価格の話に翻訳することに絞ります。

前提①:出発点にする公開データ

【公開データ】情報確認日:2026年8月21日

水害リスクが不動産価格をどれだけ押し下げるかについては、日本銀行のワーキングペーパー「水害リスクが地価に及ぼす影響」(No.22-J-10、2022年4月、小出桂靖・西崎健司・須藤直)が、2001〜2020年の公示地価・約3,500地点(サンプル約6万)を用いて推計しています。同論文の主な推計結果は次の通りです。

推計内容

住宅地

商業地

想定浸水深1m上昇あたりの地価(ヘドニック・2020年)

▲1.1%

▲4.7%

土砂災害リスク地点であること(同上)

▲11.9%

▲18.9%

想定浸水深1m新規指定・6年累積(ローカル・プロジェクション)

有意な影響なし

▲2.6%

過去10年の水害経験1回増あたりの追加効果(浸水深1mあたり)

▲1.0%

▲4.5%

なお、経験回数を入れたモデルでは洪水リスクの基本項が統計的に有意でなくなっており、論文は「洪水リスクが地価を押し下げるうえで、過去の水害経験を通じた主観的なリスク認識が相対的により重要な役割を果たしている可能性」を指摘しています。同じ浸水深でも、過去に大きな水害を繰り返している都道府県のほうが、地価に強く反映されるということです。

もう一つ、同論文が算出している合理的値引き率(EDR)も使います。これは「その土地で想定される期待損失額の割引現在価値が、地価に占める割合」であり、割引率1%のとき住宅地の床下浸水リスクで▲1.4%、土砂堆積(50cm未満)リスクで▲20.5%、商業地ではそれぞれ▲2.6%・▲31%と試算されています。

あわせて、費用側の公開データも確認しました。火災保険では2023年6月に参考純率が改定され、2024年10月以降、それまで全国一律だった水災料率が市区町村単位で5区分に細分化されています。損害保険料率算出機構の資料をもとにした損保各社の説明によれば、細分化しない場合と比べて1等地は約6%低く、5等地は約9%高く、1等地と5等地の格差は約1.2倍です(参考純率ベース。実際の保険料は各社で異なります)。

前提②:試算する物件条件

【シミュレーション】以下は実在の物件統計ではなく、条件を固定した架空ケースの計算です。

項目

条件

物件価格

8,000万円(土地3,200万円=40%/建物4,800万円)

満室想定家賃

640万円/年(表面利回り8.0%)

空室率

5%(固定)

運営費

満室想定家賃の18%(保険料を除く)

家賃下落

年0.5%

融資

7,000万円(LTV87.5%)/金利2.0%/30年元利均等

購入諸費用

価格の7%

保有期間

10年(別途5〜20年も検証)

出口利回り

6.5%(売却費用4%)

税金

税引前で比較(法人・個人で差が出るため)

固定するもの:家賃・空室率・運営費率・融資条件・出口利回り・保有期間。
変更するもの:浸水想定深、換算に使う係数(住宅地/商業地)、土地値比率、購入価格。

この条件での区域外(浸水リスクなし)のベースケースは次の通りです。

指標

1年目NOI

492.8万円(NOI利回り6.16%)

年間返済額

312.5万円

DSCR

1.58

年間CF(税引前)

180.3万円

自己投下資金

1,560万円(自己資金1,000万円+諸費用560万円)

10年後の売却総額

7,211万円(10年目NOI 468.7万円÷6.5%)

売却時残債

5,111万円/売却手取り1,812万円

税引前10年IRR

11.92%

分析1:地価の▲1.1%を、物件価格の何%に直すか

ここが今回の分析の出発点です。日銀の推計値は地価、つまり土地だけの価格に対する下落率です。一棟アパートの価格は土地と建物の合計なので、そのまま「物件価格が1.1%下がる」と読むのは誤りになります。

換算の考え方はシンプルです。

物件価格ベースの値引き率 = 地価ベースの下落率 × 土地値比率

土地値比率40%の物件で、地価が▲1.1%なら、物件価格ベースでは▲0.44%。8,000万円なら35万円です。土地値比率が高い物件ほど、水害リスクの価格インパクトは大きくなります。

浸水深と土地値比率を変えた換算表が次です(住宅地係数1.1%/m)。

想定浸水深

地価ベース

土地値比率30%

40%

50%

0.5m

▲0.6%

▲0.17%

▲0.22%

▲0.28%

1m

▲1.1%

▲0.33%

▲0.44%

▲0.55%

2m

▲2.2%

▲0.66%

▲0.88%

▲1.10%

3m

▲3.3%

▲0.99%

▲1.32%

▲1.65%

5m

▲5.5%

▲1.65%

▲2.20%

▲2.75%

住宅地係数で見ると、浸水深5mでも物件価格ベースでは▲2.2%、8,000万円で176万円にとどまります。「ハザードマップが真っ赤でも値引きは200万円弱」——直感より小さく感じるはずです。

分析2:収益物件は「住宅地」なのか「商業地」なのか

ところが、この換算には決定的な分岐があります。日銀の推計では、同じ浸水深1mに対して住宅地は▲1.1%、商業地は▲4.7%と、4.3倍の差があるからです。

一棟アパートは用途としては住宅ですが、買い手は自ら住む個人ではなく、収益を目的とする投資家です。日銀論文が引用するHino and Burke (2020)は、米国のデータで「商業的な買い手」が購入する場合の洪水リスクの価格押し下げ幅は▲6.9%、それ以外の買い手では▲1.8%と報告しており、日銀論文も住宅地と商業地の差についてこの指摘と整合的だとしています。

収益物件の買い手は、この分類でいえば「商業的な買い手」に近い。だとすれば、商業地係数のほうが実態に近い可能性があります。商業地係数で換算し直すと、景色が変わります。

想定浸水深

地価ベース

土地値比率30%

40%

50%

0.5m

▲2.4%

▲0.70%

▲0.94%

▲1.18%

1m

▲4.7%

▲1.41%

▲1.88%

▲2.35%

2m

▲9.4%

▲2.82%

▲3.76%

▲4.70%

3m

▲14.1%

▲4.23%

▲5.64%

▲7.05%

5m

▲23.5%

▲7.05%

▲9.40%

▲11.75%

8,000万円・土地値比率40%の物件で、両基準の金額差は次のようになります。

想定浸水深

住宅地係数

商業地係数

1m

35万円

150万円

4.3倍

3m

106万円

451万円

4.3倍

5m

176万円

752万円

4.3倍

さらに、過去10年に大規模な水害を繰り返している地域では、経験回数の追加効果が乗ります。商業地・経験3回なら浸水深1mあたり▲13.5%(4.5%×3回)。土地値比率40%なら物件価格ベースで浸水深1mにつき▲5.4%、3mで▲16.2%です。ただしこの数値は、推計された係数を線形に外挿したものであり、深い浸水深や多い経験回数へ伸ばすほど過大になる可能性が高い点は注意が必要です。

ここまでで分かること:「浸水想定区域だからいくら引くべきか」に一意の答えはなく、どの買い手層を想定するかで4倍以上、地域の水害履歴を加えれば10倍以上ぶれるということです。売主が「相場並みの価格」を主張するとき、その相場が住宅地の感覚で作られているのか、投資家の感覚で作られているのかが分かれ目になります。

分析3:値引きを取らずに買うと、10年IRRはどれだけ落ちるか

ここからが本題です。ハザードリスクは、保有中よりも売却時に効きます。自分が値引きを取らずに相場価格で買っても、10年後の買い手は同じ浸水想定区域として値引きを要求してくるからです。

そこで、購入価格は8,000万円のまま、10年後の売却価格にだけ値引き率をかけた場合の10年IRRを計算しました。

換算基準(土地値比率40%)

出口値引き率

10年IRR

ベース比

売却代金の減少

自己投下資金比

区域外(ベース)

0.00%

11.92%

住宅地係数×2m

0.88%

11.70%

▲0.22pt

63万円

4.1%

商業地係数×1m

1.88%

11.45%

▲0.47pt

136万円

8.7%

住宅地係数×5m

2.20%

11.36%

▲0.55pt

159万円

10.2%

商業地係数×2m

3.76%

10.95%

▲0.97pt

271万円

17.4%

商業地係数×3m

5.64%

10.43%

▲1.49pt

407万円

26.1%

商業地係数×5m

9.40%

9.31%

▲2.61pt

678万円

43.5%

IRRの低下幅だけを見ると、最大でも▲2.61ptです。「思ったより小さい」と感じるかもしれません。しかし右2列を見ると、印象が変わります。

商業地係数×浸水深3mのケースでは、売却代金が407万円減ります。これは自己投下資金1,560万円の26.1%に相当します。浸水深5mなら678万円、自己資金の43.5%です。IRRという率で見ると小さく見えるのは、10年の運用益と融資レバレッジが差を薄めているからであって、手元から消える金額としては自己資金の4分の1から4割が飛ぶ計算になります。

この構造は金利上昇の影響も74%は出口価格経由だったという以前の試算と共通しています。保有中の収支に現れない要因ほど、出口でまとめて精算されます。

分析4:逆算——同じIRRにするには、いくら値引けばいいか

では本題の逆算です。上記の出口値引きを受け入れたうえで、区域外物件と同じ10年IRR(11.92%)を確保するために必要な購入価格を求めました。融資はLTV87.5%を維持し、購入価格が下がれば借入額・自己資金・諸費用も比例して下がる前提です。

換算基準(土地値比率40%)

出口値引き率

必要購入価格

必要値引き額

必要値引き率

住宅地係数×2m

0.88%

7,968万円

32万円

0.40%

住宅地係数×3m

1.32%

7,952万円

48万円

0.59%

商業地係数×1m

1.88%

7,932万円

68万円

0.85%

住宅地係数×5m

2.20%

7,921万円

79万円

0.99%

商業地係数×2m

3.76%

7,865万円

135万円

1.69%

商業地係数×3m

5.64%

7,797万円

203万円

2.54%

商業地係数×5m

9.40%

7,662万円

338万円

4.23%

ここで一つ、計算していて気づいた規則性があります。保有10年の条件では、必要な購入値引き率は、出口で受ける値引き率のちょうど0.45倍で一定でした。出口で5.64%引かれるなら、購入時は2.54%引ければ帳尻が合う。10年間の運用収益と、購入価格が下がることで借入・諸費用も減る効果が、出口の目減りを半分以下に薄めるためです。

この0.45という数字自体が、ハザードリスクの扱いにくさを示しています。投資家が「これだけ値引いてもらえば十分」と感じる金額(203万円)と、実際に出口で失う金額(407万円)は、2倍以上ずれる。売却時のインパクトを見ずに購入時の値引き交渉だけで判断すると、感覚は必ず甘くなります。

分析5:保有期間が短いほど、必要値引きは跳ね上がる

この0.45という増幅率は保有期間で大きく変わります。出口値引き率5.64%(商業地係数×浸水深3m×土地値比率40%)を固定し、保有期間だけを変えました。

保有期間

区域外IRR

相場価格で買った場合

IRR差

必要値引き率

増幅率

5年

4.67%

▲1.50%

▲6.17pt

4.09%

0.73倍

7年

9.42%

6.22%

▲3.20pt

3.43%

0.61倍

10年

11.92%

10.43%

▲1.49pt

2.54%

0.45倍

15年

12.71%

12.14%

▲0.57pt

1.48%

0.26倍

20年

12.50%

12.23%

▲0.27pt

0.86%

0.15倍

保有5年ではIRRが▲6.17pt落ち、必要値引き率は4.09%(327万円)に跳ね上がります。保有20年なら0.86%(69万円)で足ります。同じ物件・同じ浸水深でも、5年で売る前提と20年持つ前提では、許容できる価格が5倍近く違うということです。

なお保有5年の区域外IRRが4.67%と低いのは、購入諸費用7%を5年で回収しきれないためで、浸水リスクとは別の要因です。保有期間そのものがIRRに与える影響については出口利回りが1%上がるとIRRはどこまで落ちるかで分解しています。

分析6:保険料とDSCRへの影響は、驚くほど小さい

浸水リスクというと火災保険料の上昇を心配する声が多いので、こちらも試算しました。水災料率の1等地と5等地の格差は約1.2倍(水災補償を含む保険料全体でも各社の説明では最大1.5倍程度)とされているため、水災に対応する保険料部分を仮に年5万〜30万円と置き、5等地でその1.5倍になるケースで計算します。保険料の実額は建物構造・築年・保険金額・特約で大きく変わるため、これは実額の推定ではなく感応度分析です。

水災部分の年額(仮定)

5等地想定の増加額

年間CF

DSCR

10年IRR

—(ベース)

180.3万円

1.577

11.92%

5万円

+2.5万円

177.8万円

1.569

11.76%

10万円

+5.0万円

175.3万円

1.561

11.61%

20万円

+10.0万円

170.3万円

1.545

11.30%

30万円

+15.0万円

165.3万円

1.529

10.99%

水災部分が年30万円という強めの仮定を置いても、DSCRは1.577から1.529へ0.048しか下がらず、融資審査で問題になる水準(一般にDSCR1.2が目安とされる)には遠く及びません。

ハザードリスクは、保有中のキャッシュフロー問題ではなく、出口の価格問題です。保険料の見積もりを取って「思ったほど上がらなかった」と安心するのは、見る場所を間違えていることになります。

分析7:期待損失から見ると、市場の値引きは大きすぎるのか

もう一つ、確認しておきたい論点があります。市場が織り込んでいる値引きは、そもそも合理的な水準なのか、ということです。

日銀論文は、割引率1%のもとで住宅地の床下浸水リスクの合理的値引き率を▲1.4%(地価対比)と試算しています。この試算は、洪水の年間発生確率を0.1%(1000年に1度)と置いています。ハザードマップの想定浸水深が「想定し得る最大規模の降雨」を前提としているためです。

この▲1.4%を年間の期待損失額に逆算すると、次のようになります(永久年金として、年間期待損失=EDR×地価×割引率)。

土地値

割引率1%

割引率5%

2,400万円

年3,360円

年16,800円

3,200万円

年4,480円

年22,400円

4,000万円

年5,600円

年28,000円

床下浸水リスクの期待損失は、年間で数千円から数万円という規模にすぎません。ところが実際の市場は、土砂災害リスク地点であれば住宅地で▲11.9%も割り引いています。

この乖離は、市場が過剰反応しているという意味ではありません。日銀論文は逆に、住宅地では実際の値引き率が合理的値引き率の下限を下回るケースがあり、客観的な水害リスクが地価に十分に反映されていない可能性があると指摘しています(土砂堆積リスクの合理的値引き率は住宅地▲20.5%、商業地▲31%で、実際の▲11.9%・▲18.9%を上回る)。商業地では概ね合理的な範囲に収まる一方、水害経験の多い地域では合理的値引き率を超えるケースもあります。

ここで注意すべきは、相関と因果を混同しないことです。浸水想定区域の地価が低いからといって、その全額が水害リスクによる割引とは限りません。低地は元々工業用途や旧河道であることが多く、駅距離・用途地域・地盤など複数の要因が同時に効いています。日銀論文が「水害リスクに直面する標準地から1km以内の標準地」に絞って比較しているのは、まさにこの他要因を揃えるためです。個別物件の相場を判断するときも、同じ発想で「近接する区域外の物件と比べる」ことが必要になります。

この分析での転換点

条件を固定した今回の試算では、次の水準が判断の目安になりました。いずれも上記の前提条件のもとでのみ成立する数値です。

転換点

出口値引き率

商業地係数・土地値40%での相当浸水深

10年IRRが1pt低下

3.88%

約2.1m

10年IRRが2pt低下

7.41%

約3.9m

10年IRRが3pt低下

10.61%

約5.6m

同じ転換点を住宅地係数で換算すると、IRRが1pt低下する浸水深は8.8m相当になります。実在しない浸水深です。住宅地係数を前提にする限り、洪水リスクは10年保有のIRRをほとんど動かさない——この結論の是非が、そのまま「収益物件の買い手をどう想定するか」という問いに帰着します。

投資判断への使い方

今回の試算から言えるのは、「浸水想定区域は買うな/買っていい」という単純な結論ではありません。判断軸を分けて持つことです。

  • 保有中の収支で判断しない。保険料の上乗せはDSCRを0.05程度しか動かしません。ここが問題ないことは、リスクがないことを意味しません。
  • 出口の値引き額を、率ではなく金額と自己資金比で見る。IRR▲1.49ptは小さく見えても、売却代金407万円減は自己資金の26%です。
  • 保有期間を先に決める。5年で売る前提なら必要値引きは4.09%、20年なら0.86%。出口を短く見るほど、価格交渉の重要性が上がります。
  • 近接する区域外物件と比べる。浸水想定区域の相場そのものに、すでに割引が織り込まれている場合があります。二重に引く必要はありません。

実際の判断では、出口価格が最大の変数になります。今回は出口利回り6.5%を固定しましたが、この前提が変われば必要値引き額も動きます。RE-AIの無料の収益還元法・収益価格計算ツールでは、自分のNOIと還元利回りを入れて収益価格を計算し、還元利回りを動かしたときの感応度もその場で確認できます。検討中の物件のNOIを入れて、想定する値引き率を還元利回りの上乗せに置き換えると、この記事の出口価格の部分を自分の条件で再現できます。

購入価格の上限そのものを条件から逆算する方法は売出8,000万円の物件、自分はいくらまで払えるのかで、エリアの家賃下落を織り込んだ価格逆算は人口減少エリアでも成立する購入価格を逆算するで扱っています。

この分析で分からないこと

今回の試算には、次の限界があります。

  • ハザードマップの浸水深0mは、安全を意味しません。想定最大規模の降雨に対応した洪水ハザードマップの公表率は約98%、土砂災害は約96%である一方、内水氾濫(排水能力を超えて下水などから溢れる浸水)のハザードマップは想定最大規模対応の公表率が約11%にとどまります。損保各社の解説では、全国の浸水被害額のうち内水氾濫によるものが約7割とされています。地図が白いことと、浸水しないことは別です。
  • 地価の推計値は平均であり、個別物件には当てはまりません。同じ市区町村でも、盛土の有無、1階を駐車場にしたピロティ構造か、電気設備の設置階、避難経路によって実際の被害額は大きく変わります。日銀の推計は公示地価の標準地についての平均的な関係です。
  • 推計は線形近似であり、外挿は危険です。浸水深5m・水害経験3回といった条件へ係数を掛け算で伸ばすと、地価▲67.5%のような非現実的な数値が出ます。今回、経験回数を含む試算を浸水深3mまでに留めたのはこのためです。
  • 被災した場合の実損は織り込んでいません。今回は「価格に織り込まれる期待値」だけを扱いました。実際に被災すれば、原状回復費用、入居者の一斉退去、家賃の一時的な消失、被災後の賃貸需要の変化が同時に起こります。これは期待値ではなく、起きたときの資金繰りの問題です。
  • 融資の可否は扱っていません。金融機関によっては浸水想定区域内の物件に対して評価を抑える、あるいは水災補償の付帯を条件にする場合があります。融資が付かなければ価格交渉以前の問題になります。銀行がいくらまで貸せるかの観点と併せて確認が必要です。
  • 税引前の比較です。被災時の修繕費の損金算入や保険金の益金算入は考慮していません。

まとめ

浸水想定区域の一棟アパートについて、日銀の地価推計を物件価格ベースへ換算し、8,000万円・借入7,000万円の条件で必要値引き額を逆算しました。

  • 地価ベースの下落率に土地値比率を掛けると、物件価格ベースの値引き率になる。土地値比率40%なら、地価▲1.1%は物件価格▲0.44%
  • 住宅地係数(1.1%/m)と商業地係数(4.7%/m)で結果は4.3倍違う。収益物件の買い手が「商業的な買い手」に近いなら、後者を採るべき根拠がある
  • 相場価格で買った場合の10年IRR低下は最大▲2.61pt。ただし売却代金の減少額は自己投下資金の43.5%に達する
  • 同じIRRに戻すための必要値引き率は、出口値引き率の0.45倍(保有10年)。購入時の交渉感覚は、出口の実額より甘く出る
  • 保有5年なら必要値引き率は4.09%、20年なら0.86%。出口を短く見るほど価格が効く
  • 水災保険料の上乗せがDSCRに与える影響は0.05程度。ハザードリスクは収支の問題ではなく出口の問題

「この条件なら買い」と言い切れる分析ではありません。今回の試算が示したのは、収益性そのものは浸水リスクでほとんど毀損しない一方、出口価格への感応度は自己資金比で見ると無視できない大きさになるという、判断軸の分かれ方です。そして必要値引き額は、浸水深よりも「買い手層の想定」と「保有期間」で決まっていました。

今回のように、浸水想定、保険料、出口利回り、保有期間を同時に動かすと、表計算だけでは確認項目が増えていきます。RE-AIでは収益性・価格査定・融資・リスク・出口戦略を複数の視点から確認できるよう設計していますが、個別物件の被災リスクそのものを予測するものではありません。ハザードマップと現地の高低差の確認は、最後は自分の目で行う必要があります。

参考資料・出典

  • 小出桂靖・西崎健司・須藤直(2022)「水害リスクが地価に及ぼす影響」日本銀行ワーキングペーパーシリーズ No.22-J-10(日本銀行
  • Hino, M. and M. Burke (2020) "Does Information About Climate Risk Affect Property Values?" NBER Working Paper No. 26807
  • 損害保険料率算出機構「火災保険参考純率 水災料率の細分化について」(2023年6月)
  • ソニー損害保険「水災リスクの細分化とは?細分化の内容や水災料率について解説」(2024年10月8日公開、ソニー損保
  • 国土交通省「洪水浸水想定区域の指定と洪水ハザードマップの公表状況」(令和6年3月末時点)
  • 国土交通省「土砂災害ハザードマップの公表状況」(令和5年3月末時点)
  • 国土交通省「ハザードマップポータルサイト」(重ねるハザードマップ

情報確認日:2026年8月21日。本記事の試算は条件を固定したシミュレーションであり、実在物件の統計ではありません。投資判断は最終的にご自身の責任で行い、金融機関・保険会社・不動産鑑定士等の専門家への確認を推奨します。

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この記事を書いた人

鈴木基公

鈴木基公

RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者

不動産投資収益物件分析融資分析出口戦略

1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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