
不動産投資の記事でよく見る「金利が1%上がったらどうなるか」という試算は、長いあいだ仮定の話でした。しかし短期プライムレート(短プラ)は2024年9月から5回改定され、累計で+1.15ptです。「もし1%上がったら」は、すでに起きたことになります。
そこでこの記事では、仮定の金利ではなく実際に起きた短プラの改定履歴を、購入年の違う3つのケースに当てはめます。目的は「金利が上がると危ない」という一般論の確認ではなく、DSCRにあと何pt分の金利余裕が残っているかを逆算することです。
結果は直感と逆でした。金利上昇で最もDSCRが低くなったのは、すでに借りている既存保有者ではなく、いまの金利といまの利回りで新規に借りるケースでした。
短期プライムレートの最頻値は、2009年1月から2024年8月まで1.475%で動きませんでした。その後の改定は次の通りです(日本銀行の公表値、2026年11月5日確認)。
実施時期 | 短プラ最頻値 | 改定幅 | 借入金利(短プラ+1.00pt) |
|---|---|---|---|
2009年1月〜2024年8月 | 1.475% | — | 2.475% |
2024年9月 | 1.625% | +0.15pt | 2.625% |
2025年3月 | 1.875% | +0.25pt | 2.875% |
2026年2月 | 2.125% | +0.25pt | 3.125% |
2026年8月 | 2.375% | +0.25pt | 3.375% |
2026年11月 | 2.625% | +0.25pt | 3.625% |
累計の上昇幅は+1.15ptです。ここで見落とされやすいのが、改定と返済額への反映にズレがあることです。変動金利の見直しが年2回(4月・10月適用)で、その時点の短プラを参照する契約の場合、2026年11月の改定分は2027年4月まで返済額に入りません。2026年11月時点で返済額に反映されているのは+0.90pt分で、残る+0.25ptは「すでに決まっているが、まだ効いていない」状態です。
この分析では物件価格を一切設定していません。DSCRは次のように分解できるため、表面利回り・NOI率・LTV・金利・融資期間が決まれば、物件価格が5,000万円でも3億円でも同じ値になります。
DSCR = (表面利回り × NOI率) ÷ (LTV × 年間返済額率)
価格を固定すると「この価格帯の人の話」になってしまうため、ここでは価格を置かず、金額は借入1億円あたりに正規化して表示します。借入3,000万円の方は0.3倍、2億円の方は2倍にして読んでください。DSCRは倍率なので、そのまま使えます。
短プラの改定履歴を月次で当てはめ、見直しのたびに残存期間で返済額を再計算した結果です。金利はすでに確定している2027年4月適用の3.625%で揃えています(金額は借入1億円あたり・万円)。
| 2021年購入 | 2023年購入 | 2026年11月購入 |
|---|---|---|---|
購入時の表面利回り | 8.59% | 8.10% | 7.91% |
購入時の借入金利 | 2.475% | 2.475% | 3.625% |
購入時DSCR | 1.351 | 1.274 | 1.097 |
NOI(購入時→現在) | 725.4→710.6 | 684.0→675.2 | 668.0 |
現在のNOI率 | 73.59% | 74.45% | 76.00% |
年間返済額(購入時→3.625%) | 536.8→595.3 | 536.8→600.7 | 608.8 |
年間CF(購入時→3.625%) | 188.5→115.4 | 147.2→74.5 | 59.1 |
残債 | 8,216 | 8,869 | 10,000 |
残存期間 | 19.2年 | 21.2年 | 25.0年 |
3.625%でのDSCR | 1.194 | 1.124 | 1.097 |
既存保有者の負担は確かに増えています。2021年購入組の年間返済額は536.8万円から595.3万円へ+10.9%、税引前CFは188.5万円から115.4万円へ▲73.2万円(▲38.8%)です。2023年購入組はCFの減少額がほぼ同じ▲72.7万円ですが、元のCFが小さいため減少率は▲49.4%になります。同じ金利上昇でも、CFの薄い物件ほど減少率が大きく出るというのが1つ目のポイントです。
もう1つは、NOIが減った原因です。2021年購入組の満室想定家賃は954.4万円から965.6万円へ+1.17%と、わずかに増えています。一方で運営費は181.3万円から206.7万円へ+13.99%。結果としてNOI率は76.00%から73.59%へ2.41pt下がりました。NOIの劣化は家賃下落ではなく運営費の上昇で起きています。
2026年11月時点で返済額に反映されているのは3.375%までです。2026年11月の短プラ改定分は、年2回見直しの契約なら2027年4月から効きます。
| 現在(3.375%) | 2027年4月(3.625%) | 年間返済額の増加 |
|---|---|---|---|
2021年購入 DSCR/年間CF | 1.220/127.9 | 1.194/115.4 | +12.6 |
2023年購入 DSCR/年間CF | 1.150/88.3 | 1.124/74.5 | +13.8 |
借入1億円あたり年12〜14万円、DSCRで0.026の低下です。単独では小さく見えますが、これは市場予想ではなく、すでに改定が実施済みで反映を待っているだけの確定事項という点が違います。手元のDSCRを点検するときは、いま適用されている金利ではなく反映後の金利で計算するのが正しい扱いです。
ここが今回いちばん意外だった点です。同じ3.625%で揃えると、2021年購入組は1.194、これから買うケースは1.097。金利が+1.15pt上がった既存保有者より、いまから買う人のDSCRのほうが0.097低いという結果になりました。
差の内訳を、1要素ずつ積み上げて分解します。
ステップ | DSCR | 寄与 |
|---|---|---|
出発点:2026年11月購入 | 1.097 | — |
① 購入時の表面利回りを7.91%→8.59%に戻す | 1.191 | +0.094 |
② 運営費インフレ5.8年分でNOI率を劣化させる | 1.167 | ▲0.024 |
③ 元本進捗(残債8,216万円・残存19.2年)を反映 | 1.194 | +0.027 |
到達点:2021年購入(3.625%) | 1.194 | — |
寄与がいちばん大きいのは購入時の表面利回りの差(+0.094)でした。利回りが0.68pt低い物件を買うことのDSCRへの影響が、金利上昇を5年半吸収してきた既存保有者との差を逆転させています。
元本進捗の寄与(+0.027)は、2つの効果の差し引きです。残債が1,784万円減って返済額を押し下げる一方、残存期間が25年から19.2年に短くなることで元本返済の比重が上がり、返済額を押し上げます。「元本が進んでいるから金利上昇に強い」という効果は、期間短縮でかなり打ち消されることになります。実際に効いていたのは、借りた時期ではなく買った時の利回りでした。
現在のNOI・残債・残存期間を固定し、金利だけを動かして基準線に当たる水準を逆算します。短プラの1回の改定幅が概ね0.25ptなので、残り余裕を「利上げ何回分」にも換算しました。
| DSCR1.20を保てる金利上限 | DSCR1.00を割る金利 | 3.625%からの余裕 | 0.25pt改定の回数換算 |
|---|---|---|---|---|
2021年購入 | 3.56% | 5.79% | 2.17pt | 8.7回 |
2023年購入 | 2.93% | 4.92% | 1.30pt | 5.2回 |
2026年11月購入 | 2.80% | 4.51% | 0.89pt | 3.6回 |
読み方に注意が必要です。DSCR1.20を保てる上限は3つとも3.625%を下回っています。つまり2023年購入組とこれから買うケースは、すでにDSCR1.20を割っているということです(1.124/1.097)。2021年購入組も3.56%が上限なので、2027年4月の3.625%で1.194となり、わずかに下回ります。
一方、DSCR1.00(NOIで返済を賄える限界)までの余裕は大きく分かれました。2021年購入組は2.17pt=0.25ptの利上げ8.7回分、これから買うケースは0.89pt=3.6回分です。ここでいうDSCR1.00は税引前・修繕費を平準化した前提での限界であり、実際には納税と突発修繕があるため、DSCR1.00は「安全圏の下限」ではなく「すでに持ち出しが発生する水準」として見るべき値です。
これから買う側の問いに変換します。金利3.625%・融資期間25年・NOI率76%を固定したとき、目標DSCRを満たす条件は次の通りです。
目標DSCR | 必要な表面利回り(LTV90%の場合) | 許容LTV(表面利回り7.91%の場合) | 必要な自己資金比率 |
|---|---|---|---|
1.00 | 7.21% | 98.7% | 1.3% |
1.10 | 7.93% | 89.8% | 10.2% |
1.20 | 8.65% | 82.3% | 17.7% |
1.30 | 9.37% | 76.0% | 24.0% |
DSCR1.20をLTV90%で確保するには表面利回り8.65%が必要です。市場実勢の全国平均は7.91%なので、0.74pt足りません。同じ1.20を実勢利回りのまま取るなら、LTVを82.3%まで下げる=物件価格の17.7%を自己資金で入れる必要があります(これに諸費用が別途かかります)。
逆に言えば、2021年の8.59%という利回りは、2.475%の金利ならDSCR1.351を生みましたが、3.625%の金利ではDSCR1.191しか生みません。「平均的な利回りの物件をフルローン寄りで買う」という組み立てが、金利上昇によってDSCR1.20の基準を満たさなくなったのが、いまの局面の実態です。
現実の悪化は単独では起きません。金利・空室率・運営費を同時に動かし、時間の経過も織り込んだ3シナリオです(DSCR/年間CF万円、借入1億円あたり)。
| BASE(2027年4月時点) | STRESS(5年後) | SEVERE(10年後) |
|---|---|---|---|
2021年購入 | 1.194/+115 | 1.027/+17 | 0.897/▲67 |
2023年購入 | 1.124/+74 | 0.963/▲24 | 0.836/▲108 |
2026年11月購入 | 1.097/+59 | 0.932/▲45 | 0.802/▲137 |
STRESSシナリオ(5年後)で、2021年購入組はDSCR1.027とぎりぎり1.00を保ちますが、2023年購入組と新規購入ケースは1.00を割り、借入1億円あたり年24〜45万円の持ち出しが発生します。これは悲観シナリオを作って不安を煽るためのものではなく、DSCR1.10前後で買うと「金利+0.9pt・空室+5pt・運営費5年分」という同時進行で持ち出しに入るという距離感を把握するためのものです。逆に言えば、DSCR1.20前後の余裕があれば同じ複合ストレスを吸収できます。
この分析は「買うべきか」を決めるものではなく、自分の物件がどのくらいの余裕を持っているかを測る物差しとして使えます。
今回の試算は金利3.375%・3.625%と表面利回り7.91〜8.59%を基準にしていますが、実際のDSCRはNOI・借入額・金利・融資期間の4つで決まるため、物件ごとに大きく変わります。自分の数字で確認したい場合は、RE-AIの無料DSCRシミュレーターでDSCRと金利ストレスを試算すると、現在の金利から0.5pt刻みで+2.0ptまで上げたときの年間返済額・DSCR・年間CFと、DSCR1.00〜1.30を下回る金利の目安をまとめて確認できます。本記事の「残り余裕は何pt」を自分の借入条件で置き換えるのに使えます。
なお、今回のように金利・空室率・運営費・出口価格を同時に動かすと確認項目が増えます。RE-AIでは収益性・融資・リスク・出口を横断して確認できるよう設計していますが、どの数値を前提に置くかは最終的に投資家本人の判断です。AIが投資判断の正しさを保証するものではありません。
短プラ+1.15ptという実績を当てはめると、2021年購入組のDSCRは1.351から1.194、税引前CFは借入1億円あたり188.5万円から115.4万円へ下がりました。負担は確実に増えています。
しかし同じ金利で並べると、いちばんDSCRが低いのは既存保有者ではなく、これから買うケースの1.097でした。差の主因は金利ではなく購入時の表面利回りで、寄与は+0.094。元本が進んでいることの効果(+0.027)は、残存期間が短くなることでかなり打ち消されます。
結論を一つに決めるなら誤りになります。既存保有者の収益性はまだ維持されていますが、DSCR1.20の基準線は割っており、運営費インフレへの感応度が残っています。これから買う側は、金利の絶対水準よりも利回りと自己資金でDSCRをどう作るかが判断の中心になります。どちらの立場でも、点検すべきは金利の数字そのものではなくDSCR1.00までの距離が何pt残っているかです。
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情報確認日:2026年11月5日
データ区分:短プラ改定履歴と表面利回りは公開データ、家賃・運営費の変動率は公開データから算出した実績値、物件条件(LTV・融資期間・NOI率・空室率・スプレッド)は架空ケースの設定値、DSCR・CF・逆算結果は条件付きシミュレーションです。RE-AIの診断実績データは使用していません。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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