
資産管理法人で収益物件を持つとき、「役員報酬で所得を分散すれば節税になる」という説明をよく見かけます。ではその最適額はいくらなのか。ここを金額で答えている記事はほとんどありません。社会保険料を「報酬の約30%」とまとめて置いてしまうと、標準報酬月額の等級表が持つ階段構造も、厚生年金が月65万円で頭打ちになる効果も消えてしまうためです。
そこで今回は、2026年度(令和8年度)の保険料率と等級表、令和8年分の給与所得控除・基礎控除を使って、役員報酬を1万円刻みで動かしながら世帯の手残りを計算しました。結論を先に書きます。最適化によって増える手残りは、法人利益がいくら大きくても年13.8万円が上限でした。そして法人利益(役員報酬を出す前の利益)が840万円を下回る間は、最適な役員報酬はゼロ円でした。
当ブログの法人化は家賃収入いくらから有利になるのかでは、役員報酬による所得分散を検証したうえで、社会保険料を「0%」と「30%」の2つのレンジで示し、実額は出していません。あの記事自体が「分からないこと」として、社会保険料の実額は報酬額・自治体・加入状況で変わると書いています。
ただ、報酬額で変わるのであれば、報酬額を動かして計算すれば実額は出せます。今回はそこだけを埋めます。前提の作り方が違うため、あの記事の数値と本記事の数値は直接比較できません(あちらは保有〜売却までの累計、本記事は単年の世帯手残りです)。
本記事の数値はすべて条件付きシミュレーションです。実在する物件の統計でも、RE-AIの診断実績データでもありません。税率・保険料率・等級表は公開されている制度にもとづいて計算しています(情報確認日:2026年10月6日)。
項目 | 設定 |
|---|---|
法人 | 中小法人(資本金1,000万円以下・従業者50人以下)・標準税率の地域・単一事業 |
報酬を受ける人 | 他に所得のない配偶者。常勤役員として新たに社会保険へ加入。年齢40〜64歳(介護保険料あり) |
報酬の支払い方 | 定期同額給与(年額を12等分した月額のみ。賞与なし) |
健康保険料率 | 9.90%(協会けんぽ2026年度・全国平均/労使合計) |
介護保険料率 | 1.62%(2026年度・全国一律/労使合計) |
子ども・子育て支援金率 | 0.23%(2026年度/労使合計) |
厚生年金保険料率 | 18.30%(労使合計) |
標準報酬月額 | 健康保険は全50等級(5.8万〜139万円)、厚生年金は全32等級(8.8万〜65万円)の等級表に当てはめて判定 |
給与所得控除 | 令和8年分(220万円まで74万円、以降は収入に応じて逓減、850万円超は195万円上限) |
基礎控除(所得税) | 令和8年分(合計所得489万円以下104万円、655万円以下67万円、2,350万円以下62万円) |
基礎控除(住民税) | 43万円(改正なし) |
法人の均等割 | 年7万円 |
世帯の手残りは、次のように整理できます。
世帯手残り = 法人利益 −(社会保険料の労使合計 + 法人税等 + 所得税 + 住民税)
社会保険料は会社負担分と本人負担分に分かれますが、どちらも同じ世帯が出す現金です。そのため労使合計を世帯のコストとして扱いました。この式に整理すると、手残りを最大にすることは、4つの負担の合計を最小にすることと同じになります。
社会保険料は率を掛けるのではなく、月額報酬を等級表に当てはめて標準報酬月額を求め、そこへ率を掛けています。たとえば年間報酬144万円(月12万円)なら、健康保険は第8等級の標準報酬月額11.8万円、厚生年金も同じ11.8万円。健康保険・介護・支援金が年16万6,380円、厚生年金が年25万9,128円で、労使合計42万5,508円です。報酬に対して29.5%にあたります。
法人税等は、法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税・特別法人事業税を実効税率に換算し、所得400万円以下21.37%、400万円超800万円以下23.17%、800万円超33.58%の累進として計算しました。
法人利益ごとに、役員報酬を1万円刻みで全域計算し、世帯手残りが最大になる額を探しました。
法人利益 | 最適な | そのときの | 報酬ゼロとの差 | 報酬ゼロより |
|---|---|---|---|---|
500万円 | 0円 | 384.4万円 | ±0万円 | 報酬を出した時点で不利 |
800万円 | 0円 | 614.8万円 | ±0万円 | 報酬を出した時点で不利 |
1,000万円 | 175万円 | 760.0万円 | +12.4万円 | 276万円超 |
1,200万円 | 347万円 | 894.3万円 | +13.8万円 | 444万円超 |
1,600万円 | 473万円 | 1,160.0万円 | +13.8万円 | 656万円超 |
2,000万円 | 473万円 | 1,425.6万円 | +13.8万円 | 656万円超 |
3,000万円 | 473万円 | 2,088.8万円 | +13.8万円 | 656万円超 |
最適報酬がゼロ円を脱するのは、法人利益が840万円に達してからでした。それ未満では、報酬を1円出すごとに世帯の負担が増えます。法人利益500万円のケースで報酬を増やしていくと、負担率は23.1%(報酬ゼロ)から24.4%(報酬144万円)、29.6%(報酬300万円)、34.9%(報酬468万円)へと一本調子で上がりました。
理由は単純です。報酬を出すと法人の課税所得が減り、法人税等が21〜34%分軽くなります。しかし同じ報酬に対して社会保険料が約30%かかります。法人利益が800万円以下だと法人税の実効税率は21〜23%にとどまるため、軽くなる法人税より、増える社会保険料のほうが大きいのです。法人税率が33.58%になる800万円超の部分が十分に出てきて、はじめて差が逆転します。
上の表でもう一つ目を引くのが、報酬ゼロとの差です。法人利益1,200万円で+13.8万円。1,600万円でも、2,000万円でも、3,000万円でも+13.8万円。法人利益をいくら大きくしても、最適化で増える手残りは増えません。
これは、報酬を出せる「おいしい帯」の幅が決まっているためです。報酬を受ける側の所得税率が上がり始める水準を超えると、それ以上出しても得にはなりません。法人利益が1,200万円でも3,000万円でも、その帯の幅は同じです。超過分は法人に置いたままにするのが最も負担が軽くなります。
しかも、最適点の周りは極端に平らでした。法人利益1,600万円のケースで、手残りが最大値から3万円以内に収まる報酬額の範囲を調べると、年127万円から545万円までの418万円幅に広がっていました。
年間役員報酬 | 世帯手残り | 世帯負担率 | 報酬ゼロとの差 |
|---|---|---|---|
0円 | 1,146.2万円 | 28.36% | ±0万円 |
108万円 | 1,155.6万円 | 27.78% | +9.4万円 |
144万円 | 1,158.1万円 | 27.62% | +11.9万円 |
288万円 | 1,157.3万円 | 27.67% | +11.1万円 |
468万円 | 1,158.9万円 | 27.57% | +12.7万円 |
540万円 | 1,157.5万円 | 27.66% | +11.3万円 |
648万円 | 1,152.6万円 | 27.96% | +6.4万円 |
720万円 | 1,138.0万円 | 28.87% | −8.2万円 |
792万円 | 1,119.2万円 | 30.05% | −27.0万円 |
報酬144万円と468万円で、手残りの差は1万円もありません。間の288万円もほぼ同じです。上下に小刻みな揺れがあるのは標準報酬月額の等級が階段状に切り替わるためで、報酬を36万円増やしただけでプラスとマイナスが入れ替わる箱もあります。
つまりこの条件では、役員報酬の金額を細かく詰めることに意味はほとんどありません。127万円でも545万円でも結果は同じで、その代わり656万円を超えると明確に不利になります。設計すべきなのは最適値ではなく、上限です。
「報酬の約30%」という目安がどこまで当てはまるのか、等級表で実額を出しました。
年間報酬 | 月額 | 健保の | 厚年の | 社会保険料 | 報酬に対する |
|---|---|---|---|---|---|
96万円 | 8.0万円 | 7.8万円 | 8.8万円 | 30.3万円 | 31.6% |
144万円 | 12.0万円 | 11.8万円 | 11.8万円 | 42.6万円 | 29.5% |
300万円 | 25.0万円 | 26.0万円 | 26.0万円 | 93.8万円 | 31.3% |
468万円 | 39.0万円 | 38.0万円 | 38.0万円 | 137.0万円 | 29.3% |
600万円 | 50.0万円 | 50.0万円 | 50.0万円 | 180.3万円 | 30.0% |
780万円 | 65.0万円 | 65.0万円 | 65.0万円 | 234.4万円 | 30.0% |
900万円 | 75.0万円 | 75.0万円 | 65.0万円(上限) | 248.5万円 | 27.6% |
1,200万円 | 100.0万円 | 98.0万円 | 65.0万円(上限) | 280.9万円 | 23.4% |
1,668万円 | 139.0万円 | 139.0万円(上限) | 65.0万円(上限) | 338.7万円 | 20.3% |
約30%という目安は、報酬780万円までの範囲では妥当でした。ただし等級表の階段によって上下し、報酬96万円では31.6%まで上がります。低い報酬帯では標準報酬月額の下限(厚生年金8.8万円)が実際の月額より高く設定されるため、率が逆に重くなります。
一方、年780万円(月65万円)を超えると厚生年金が頭打ちになり、そこから上は健康保険・介護・支援金の11.75%しか増えません。報酬1,200万円で23.4%、1,668万円(健康保険の上限)を超えると増加はゼロです。報酬を大きく出す場合、社会保険料の限界負担は30%ではなく11.75%、あるいはゼロになります。
ただし、この領域では所得税の税率が33%以上になっているため、社会保険料が軽くなっても世帯の手残りは改善しませんでした。結果2の表で報酬792万円の負担率が30.05%まで上がっているのはそのためです。社会保険料の上限は、所得税の累進には勝てません。
なお2025年の年金制度改正により、厚生年金の標準報酬月額の上限は2027年9月に68万円、2028年9月に71万円、2029年9月に75万円へ段階的に引き上げられる予定です。上の表の「月65万円で頭打ち」という構造は、今後3年かけて弱まります。
ここまでは、報酬を受ける人が常勤役員として新たに社会保険へ加入する前提です。では加入義務が生じない場合(非常勤役員で、経営への経常的な労務提供にあたらないと判断される場合など)はどうなるか。同じ条件で社会保険料をゼロにして再計算しました。
法人利益 | 社会保険に加入する場合 | 社会保険料が発生しない場合 | 差 | ||
|---|---|---|---|---|---|
最適報酬 | 世帯手残り | 最適報酬 | 世帯手残り | ||
500万円 | 0円 | 384.4万円 | 492万円 | 445.0万円 | 60.7万円 |
800万円 | 0円 | 614.8万円 | 600万円 | 686.3万円 | 71.5万円 |
1,200万円 | 347万円 | 894.3万円 | 600万円 | 997.2万円 | 104.8万円 |
2,000万円 | 473万円 | 1,424.6万円 | 1,152万円 | 1,561.6万円 | 137.0万円 |
差は年60.7万〜137.0万円。報酬額を最適化して得られる年13.8万円の、4倍から10倍です。しかも最適報酬そのものが大きく変わります。法人利益800万円なら、加入する場合はゼロ円、発生しない場合は600万円。同じ利益でも答えが正反対になりました。
ここが実務上もっとも重要な点です。役員報酬の設計で動かせる金額は、報酬額の調整より社会保険の適用関係のほうが一桁大きい。そして適用関係は投資家が自由に選べるものではありません。常勤役員で報酬があれば原則として強制加入で、給与所得者が使う「130万円の壁」のような調整もできません。非常勤として扱えるかどうかは、経営への関与や労務提供の実態で判断され、報酬額を下げたから非常勤になる、というものでもありません。
したがってこの表は、「非常勤にすれば得」という話ではなく、自分がどちらの前提に立っているかを先に確認しないと、報酬額の計算をしても意味がないということを示しています。
最適報酬がゼロ円を脱する法人利益840万円を、不動産の規模に翻訳します。表面利回り8.0%、空室・滞納損5%、運営費は満室家賃の20%、LTV70%、金利2.0%、30年元利均等、土地建物50:50という条件で、満室家賃を変えて法人の課税所得を計算しました。
満室想定 | 物件規模 | NOI | 課税所得 | 課税所得 |
|---|---|---|---|---|
600万円 | 7,500万円 | 450万円 | 77万円 | 345万円 |
1,000万円 | 1億2,500万円 | 750万円 | 129万円 | 575万円 |
1,200万円 | 1億5,000万円 | 900万円 | 154万円 | 690万円 |
1,500万円 | 1億8,750万円 | 1,125万円 | 193万円 | 862万円 |
1,800万円 | 2億2,500万円 | 1,350万円 | 231万円 | 1,035万円 |
2,200万円 | 2億7,500万円 | 1,650万円 | 283万円 | 1,265万円 |
償却切れ後に課税所得840万円へ届くのは、満室家賃およそ1,461万円(物件規模約1億8,300万円、NOI約1,096万円)でした。
一方、減価償却が回っている間に同じ840万円を出すには、満室家賃6,533万円(物件規模約8億2,000万円)が必要という計算になりました。償却期間中は、現実的な規模で最適報酬がゼロ円を脱しません。
これは当ブログの減価償却が終わった年、税引後CFは93万円減ったやデッドクロスは何年目に来るのかで扱った構造と同じものを、別の角度から見た結果です。償却が経費を作っている間は法人に課税所得が出ないため、役員報酬で分散する対象そのものがありません。役員報酬の設計は、償却が切れてから初めて意味を持つ論点ということになります。
なお本記事の法人利益は、NOIから支払利息と減価償却を引いた課税所得です。元金返済は経費にならないため、課税所得と手元に残る現金は一致しません。上の表の条件でも、償却切れ後は課税所得862万円に対して返済後の現金は543万円しかありません。自分の物件でNOI・年間返済額・DSCRを確かめたい場合は、RE-AIの無料キャッシュフローシミュレーターで条件を入力して試算できます。ただしこのツールは税引前までの計算で、減価償却も法人税も扱いません。本記事の表に自分を当てはめるには、そこで出たNOIから支払利息と減価償却費を引く作業が別に必要です。
役員報酬には定期同額給与という制約があり、事業年度の途中で自由に減額できません(減額すると損金算入が否認される可能性があります)。一方、不動産の収益は空室や金利で動きます。報酬を最適額まで引き上げたあとに条件が悪化したら何が起きるか、3シナリオで計算しました。償却切れ・満室家賃1,500万円の条件で、役員報酬は年144万円に固定しています。
シナリオ | 条件 | NOI | DSCR | 課税所得 | 法人の年間現金 | 法人の年間現金 |
|---|---|---|---|---|---|---|
BASE | 空室5%/金利2.0%/運営費20% | 1,125万円 | 1.93倍 | 862万円 | +216万円 | +337万円 |
STRESS | 空室10%/金利3.0%/運営費23% | 1,005万円 | 1.51倍 | 611万円 | +73万円 | +200万円 |
SEVERE | 空室18%/金利4.0%/運営費26% | 840万円 | 1.12倍 | 315万円 | −116万円 | +14万円 |
BASEでは年216万円の現金が法人に残ります。STRESSで73万円まで落ち、SEVEREではマイナス116万円。DSCRは1.12倍でまだ1.0を上回っており、物件自体は返済できています。それでも役員報酬と社会保険料の年166万円が固定費として残るため、法人の現金が尽きます。
報酬をゼロにしていればSEVEREでも+14万円で、現金はぎりぎり回ります。報酬の有無による差はどのシナリオでも約120〜130万円で一定です。
さらに、各シナリオで最適報酬を再計算すると、STRESSとSEVEREではどちらもゼロ円になりました。BASEで最適だった報酬額は、条件が悪化した瞬間に最適ではなくなります。年13.8万円を取りに行った判断が、資金繰りで100万円超のリスクを抱えるという形です。
この結果は「役員報酬を出すべきではない」という結論ではありません。判断軸を分けるための材料です。
法人化の全体像は不動産投資の法人化 完全ガイド、保有中から売却までの税金は不動産投資の税金 完全ガイド、既に個人で持っている物件を法人へ移す場合の損益分岐は個人の収益物件を法人へ移すのは何年目かで扱っています。
今回のように所有形態・減価償却・社会保険・空室・金利・返済を同時に動かすと、表計算で追う項目が急速に増えます。RE-AIでは収益性・融資・リスク・出口を横断して複数条件をまとめて確認できるよう設計していますが、役員報酬や社会保険料の計算は扱っていません。役員報酬の最終判断は、必ず税理士・社会保険労務士に個別の事情を含めて相談してください。
社会保険料を「約30%」と丸めるのではなく等級表で実額計算すると、役員報酬による所得分散の効果は、法人利益がいくら大きくても年13.8万円が上限でした。法人利益840万円までは最適報酬はゼロ円で、報酬を出すほど世帯の手残りは減ります。
そして最適点の周りは418万円幅で平らでした。金額を詰める作業にはほとんど意味がなく、決めるべきは「これを超えると不利になる上限」です。それよりも、社会保険の適用関係(差は年60.7〜137.0万円)と、ストレス時に報酬を据え置ける資金余力(SEVEREで法人現金がマイナス116万円)のほうが、金額として大きく効きます。
役員報酬は、節税の道具としてはあまり強くありません。むしろ、償却が切れたあとの法人に、どれだけの固定費を背負わせるかという資金繰りの意思決定として見るほうが、金額の説明がつきます。
情報確認日:2026年10月6日
本記事の数値は、上記の制度にもとづく条件付きシミュレーションです。実在する物件の統計、RE-AIの診断実績データ、実際の申告事例ではありません。税務・社会保険の取り扱いは個別の事情によって変わるため、判断にあたっては税理士・社会保険労務士にご確認ください。本記事は投資助言ではなく、AIによる分析が投資成果や税務上の取り扱いを保証するものではありません。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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