
「ペット可にすると原状回復費がかさむ」。これはオーナーがペット不可を選ぶ最大の理由であり、ある調査では74.2%が「破損や汚れが発生し、修繕費や回復期間が長くなる可能性があるため」を挙げています。一方で市場を見ると、ペット可物件の賃料は東京都で月39,682円高い(LIFULL HOME'S、2026年1〜7月平均)。
では、この差額はペット可の対価として十分なのか、それとも過大なのか。この記事では国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン(再改訂版)」の償却区分に沿ってペット起因の原状回復費を分解し、ペット可にするために必要な賃料プレミアムを入居年数×回収率×空室短縮日数で逆算します。
LIFULL HOME'Sが2026年10月に公表した調査では、ペット可物件とその他の物件の平均賃料差は東京都で月39,682円、神奈川県24,520円、埼玉県19,713円、千葉県16,971円でした。ただしこれは全間取りの平均同士の比較です。
ペット可物件は分譲賃貸や広い間取りに偏る傾向があるため、この差額には物件スペックの違いが混ざっています。実際、東京都のデータを専有面積帯で揃えると差は大きく縮みます。
比較の仕方 | ペット相談可 | 相談不可 | 差額 |
|---|---|---|---|
全間取り平均(東京都) | — | — | +39,682円 |
単身向け 5〜34㎡(東京都) | 98,804円 | 86,026円 | +12,778円 |
ファミリー向け 35〜100㎡(東京都) | — | — | +27,371円 |
全間取り平均の差39,682円に対し、同じ単身面積帯に揃えた差は12,778円。差額のうち26,904円、全体の67.8%は面積・間取りのミックスで説明され、ペット可そのものの対価とは言えません。
ここで注意が必要なのは、面積帯を揃えた12,778円すら「ペット可の対価」と断定できないことです。同じ面積帯の中でも、ペット可物件は築年数が新しい、設備グレードが高い、分譲賃貸である、といった偏りが残り得ます。相関が残っているだけで、因果関係が確定したわけではありません。以下の分析では12,778円を「実勢の上限値」として扱い、必要コストと突き合わせます。
国交省ガイドラインでは、ペットによる損耗は原則として賃借人負担です。別表3には「飼育ペットによる柱等のキズ・臭い」が賃借人負担項目として明記されています。
ただし重要なのは、同じ「賃借人負担」でも、経過年数(減価償却)を考慮する項目と、考慮しない項目に分かれる点です。ガイドラインは2007年の税制改正を受け、耐用年数経過時の残存簿価を1円とする定額法を採用しています。
区分 | 該当項目 | 経過年数の扱い |
|---|---|---|
バケットA | 柱、襖・障子等の建具部分 | 考慮しない(全額賃借人負担) |
床の部分補修、クリーニング、消臭 | 考慮しない(全額賃借人負担) | |
バケットB | クロス(壁紙) | 6年・定額法・残存1円 |
クッションフロア、カーペット、畳床 | 6年・定額法・残存1円 |
この区分がそのまま結論を決めます。バケットBは入居6年で賃借人負担割合がゼロになり、6年目以降の退去では、クロスも床材も全額オーナー負担になります。一方バケットAは入居年数に関係なく全額請求できます。
専有面積30㎡前後の1LDK/2K(単身5〜34㎡帯の上限付近)を想定し、ペット飼育が原因で追加的に発生する原状回復費を積み上げます。単価は賃貸リフォーム各社の2026年10月時点の公表単価(クロス990〜1,430円/㎡、クッションフロア2,800〜3,850円/㎡)の中位を使用しました。
区分 | 項目 | 算定 | 金額 |
|---|---|---|---|
バケットA | 柱・建具の爪キズ補修 | ドア枠3か所+柱1か所 | 48,000円 |
消臭・脱臭施工 | オゾン+薬剤・1戸 | 38,000円 | |
床の部分補修 | 尿染み2か所・下地処理込み | 24,000円 | |
小計 A | 110,000円 | ||
バケットB | クロス全面張替の追加分 | 52㎡ × 1,200円/㎡ | 62,400円 |
クッションフロア張替の追加分 | 26㎡ × 3,300円/㎡ | 85,800円 | |
小計 B | 148,200円 | ||
ペット起因の追加原状回復費 合計 | 258,200円 |
バケットBは「ペットがいなければ部分補修で済んだ差額」および「張替え周期の前倒し分」として計上しており、上限寄りの見積もりです。
結果だけを見ると条件を見落とすため、何を固定し何を動かしたかを先に示します。
固定した条件 | 設定値 |
|---|---|
想定物件 | 木造一棟アパート・8戸・各30㎡ |
月額賃料(ペット不可時) | 86,000円 |
年間満室賃料(GPI) | 8,256,000円 |
空室損 | 5% |
運営費率(対GPI・原状回復を除く) | 18% |
NOI | 6,357,120円 |
ペット起因の追加原状回復費 | 258,200円/退去1回 |
出口利回り(収益価格の換算用) | 6.5% |
変更した条件 | 水準 |
|---|---|
平均入居年数 | 2年/3年/4年/6年/8年/12年 |
回収率(請求額のうち実際に回収できる割合) | 100%/70%/50%/0% |
ペット可による募集期間の短縮 | 0日/15日/30日 |
借入金利(複合ストレス用) | 2.0%/2.5%/3.0%/3.5% |
月額賃料86,000円は、東京都・単身5〜34㎡・ペット相談不可の平均賃料(86,026円)に揃えた設定です。比較対象の実勢差額と同じ母集団から取っているため、「見かけの差額で足りるか」を同一基準で検証できます。
入居年数をn年、回収率をrとすると、バケットBの賃借人負担割合は定額法により max(0, 1 − n ÷ 6) です。したがって退去1回あたりのオーナー負担は次の式になります。
入居年数で割るのは、退去が n年に1回しか発生しないためです。入居年数が長いほど1回の負担は重くなりますが、発生頻度は下がります。この両方を同時に織り込みます。
入居年数 | 賃借人負担割合 | 請求できる額 | オーナー負担 | オーナー負担 | オーナー負担 |
|---|---|---|---|---|---|
2年 | 66.7% | 208,800円 | 49,400円 | 112,040円 | 153,800円 |
3年 | 50.0% | 184,100円 | 74,100円 | 129,330円 | 166,150円 |
4年 | 33.3% | 159,400円 | 98,800円 | 146,620円 | 178,500円 |
6年 | 0.0% | 110,000円 | 148,200円 | 181,200円 | 203,200円 |
8年 | 0.0% | 110,000円 | 148,200円 | 181,200円 | 203,200円 |
12年 | 0.0% | 110,000円 | 148,200円 | 181,200円 | 203,200円 |
入居6年を境に、請求できる額は208,800円から110,000円へ、47.3%減で下げ止まります。6年以降は何年住んでもらっても請求できる額は変わらず、バケットBの148,200円は全額オーナー負担です。
退去1回あたりの負担を入居年数で割り、月額に換算したものが「ペット可にするために必要な賃料の上乗せ額」です。募集期間の短縮を0日とした場合の結果です。
入居年数 | 回収率100% | 回収率70% | 回収率50% | 回収率0% |
|---|---|---|---|---|
2年 | 2,058円(2.4%) | 4,668円(5.4%) | 6,408円(7.5%) | 10,758円(12.5%) |
3年 | 2,058円(2.4%) | 3,593円(4.2%) | 4,615円(5.4%) | 7,172円(8.3%) |
4年 | 2,058円(2.4%) | 3,055円(3.6%) | 3,719円(4.3%) | 5,379円(6.3%) |
6年 | 2,058円(2.4%) | 2,517円(2.9%) | 2,822円(3.3%) | 3,586円(4.2%) |
8年 | 1,544円(1.8%) | 1,888円(2.2%) | 2,117円(2.5%) | 2,690円(3.1%) |
12年 | 1,029円(1.2%) | 1,258円(1.5%) | 1,411円(1.6%) | 1,793円(2.1%) |
括弧内は月額賃料86,000円に対する比率です。注目すべきは回収率100%の列が、入居2年から6年まで2,058円で完全に一定になることです。
これは偶然ではありません。全額回収できる場合のオーナー負担はバケットBの償却済み部分だけ、つまり 148,200円 × (n ÷ 6) です。これを n で割れば 148,200円 ÷ 6 = 24,700円/年、月額で2,058円。6年以内であれば、入居年数が何年でも年あたりの負担は償却額そのものに等しくなります。入居年数の長短は、全額回収できる限り採算に影響しません。
差を生むのは回収率です。回収率が70%に落ちると入居2年のケースは4,668円、50%では6,408円、全く回収できなければ10,758円と、必要プレミアムは5.2倍に膨らみます。ペット可の採算を決めているのは原状回復費の総額ではなく、それをどれだけ回収できるかと、入居年数の短さの組み合わせです。
ペット可にすると応募母数が広がり、募集期間が短くなる可能性があります。賃料を上げずに、この効果だけでコストを賄えるかを逆算しました。
入居年数 | 賃料上乗せゼロで必要な短縮日数 |
|---|---|
2年 | 39.1日 |
3年 | 45.1日 |
4年 | 51.1日 |
6年以降 | 63.2日 |
1〜2ヶ月以上の募集期間短縮が必要という結果です。首都圏のペット可掲載比率は2022年の20.8%から2026年1〜7月の30.0%へ上昇しており(東京都は35.4%)、供給が薄い時期ほど短縮効果は大きかったはずですが、ここまで供給が進んだ状況で2ヶ月の短縮を安定して得るのは容易ではありません。空室短縮だけでペット可のコストを賄う前提は、少なくとも東京都では成立しにくくなっています。
短縮効果を15日・30日と置いた場合、必要プレミアムは次のように下がります。
入居年数 | 短縮0日 | 短縮15日 | 短縮30日 |
|---|---|---|---|
2年 | 4,668円 | 2,877円 | 1,085円 |
4年 | 3,055円 | 2,159円 | 1,263円 |
6年 | 2,517円 | 1,919円 | 1,322円 |
12年 | 1,258円 | 960円 | 661円 |
いずれの条件でも回収率70%・短縮0日の4,668円が上限で、実勢の差額12,778円の37%に収まります。
1戸あたりの負担を8戸に拡張し、融資条件を入れて指標へ換算します。融資条件は次のとおり設定しました。価格は賃料と表面利回りから導いたもので、先に金額を決めたわけではありません。
入居年数 | 年間NOI減少額 | DSCR | 収益価格の目減り | 表面利回りへの影響 |
|---|---|---|---|---|
(ペット不可) | — | 1.298 | — | — |
2年 | 448,160円 | 1.207 | 6,894,769円 | 0.325pt |
3年 | 344,880円 | 1.228 | 5,305,846円 | 0.250pt |
4年 | 293,240円 | 1.238 | 4,511,385円 | 0.212pt |
6年 | 241,600円 | 1.249 | 3,716,923円 | 0.175pt |
8年 | 181,200円 | 1.261 | 2,787,692円 | 0.131pt |
12年 | 120,800円 | 1.274 | 1,858,462円 | 0.088pt |
「表面利回りへの影響」は、必要プレミアムを賃料比に直し、表面利回り5.98%に乗じたものです。最も重いケースでも0.325pt。物件選びで0.5pt単位の差を議論する局面に比べれば小さい一方、収益価格では689万円の目減りに相当します。出口利回りは取得時の5.98%から築年の進行を見て6.5%へ上昇すると置きました。入居年数が短いほど影響が大きいのは、退去の頻度が上がるためです。
現実のリスクは単独では起きません。入居年数・回収率・空室短縮を同時に悪化させた3ケースを設定し、さらに金利上昇を重ねます。
ケース | 入居年数 | 回収率 | 空室短縮 | 必要プレミアム | 棟NOI減 |
|---|---|---|---|---|---|
BASE | 6年 | 100% | 30日 | 864円(1.00%) | 82,933円 |
STRESS | 4年 | 70% | 15日 | 2,159円(2.51%) | 207,240円 |
SEVERE | 2年 | 50% | 0日 | 6,408円(7.45%) | 615,200円 |
SEVEREケースの棟NOI減615,200円は、NOIの9.68%に相当します。これに金利上昇を重ねます。
金利 | 年間返済額 | DSCR | DSCR | DSCR |
|---|---|---|---|---|
2.0% | 4,896,719円 | 1.298 | 1.256 | 1.173 |
2.5% | 5,234,562円 | 1.214 | 1.175 | 1.097 |
3.0% | 5,585,410円 | 1.138 | 1.101 | 1.028 |
3.5% | 5,948,944円 | 1.069 | 1.034 | 0.965 |
DSCR1.20を割る金利を逆算すると、転換点が明確になります。
ペット可の運用が崩れた状態では、金利耐性が0.761pt早く尽きます。これは今回の条件設定でのみ成立する数値ですが、ペット可は平常時には軽い負担でも、金利上昇局面ではDSCRの余裕を先食いするという構造を示しています。
この手の計算はご自身の借入額・金利・返済期間で結果が変わります。自分のNOIと返済額でDSCRを計算すると、どの金利まで余裕があるかを確認できます。
必要プレミアムの最大値は、回収率70%・短縮0日・入居2年で月4,668円。回収率0%という極端なケースでも10,758円です。いずれも実勢の差額12,778円に収まります。
逆算すると、追加原状回復費が基準の258,200円から2.7倍(約70.7万円)に膨らむまで、12,778円の差額で足りる計算になります(入居2年・回収率70%)。入居12年なら10.2倍まで耐えます。
では余剰はどこへ消えるのか。差額12,778円と必要プレミアムの差を棟年間に直し、近隣クレームなどでペット可が原因で追加発生する退去(空室2ヶ月+AD1ヶ月=258,000円/戸と設定)で割りました。
入居年数 | 必要プレミアム | 月あたり余剰 | 棟年間余剰 | 許容できる追加退去 |
|---|---|---|---|---|
2年 | 4,668円 | 8,110円 | 778,528円 | 3.02戸/年 |
4年 | 3,055円 | 9,723円 | 933,448円 | 3.62戸/年 |
8年 | 1,888円 | 10,890円 | 1,045,488円 | 4.05戸/年 |
12年 | 1,258円 | 11,520円 | 1,105,888円 | 4.29戸/年 |
8戸のうち年3.0〜4.3戸の追加退去が発生すると、12,778円の余剰は消えます。8戸中3戸は年間退去率37.5%に相当し、鳴き声・臭気・共用部の汚損をめぐるクレームが他戸の退去を誘発した場合、現実に起こり得る水準です。
つまり、オーナーの74.2%が挙げる「修繕費」はペット不可の理由としては金額の裏付けが弱く、実際の採算を左右するのは、ペット飼育世帯とそれ以外を同一棟に混在させたときのクレーム管理と、請求額の回収率です。費用の問題ではなく運営の問題だ、というのが今回の結論です。
一つの結論に落とさず、複数の判断軸で見るのが実務的です。
今回の試算は運営費率18%・空室損5%を固定しています。実際の手残りは管理委託料、固定資産税、保険料、共用部費用で変わります。自分の賃料と運営費でキャッシュフローを試算すると、ペット可による年数十万円の変動が全体のどの程度にあたるかを確認できます。
金利・空室・原状回復・出口価格を同時に動かすと、表計算では確認項目が急速に増えます。RE-AIはこうした複数条件をまとめて確認できるよう設計していますが、個別物件の建物状態や入居者属性まで判定できるわけではなく、現地確認やレントロールの精査に置き換わるものではありません。
結果を万能な結論として扱わないために、限界を明示します。
いずれも今回の条件設定(賃料86,000円・8戸・運営費率18%・追加原状回復費258,200円・金利2.0%/30年)のもとでの結果です。条件が変われば転換点も動きます。
情報確認日:2026年11月4日。賃料水準、ペット可掲載比率、工事単価、金利はいずれも時点依存のデータです。判断前に最新値をご確認ください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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