
国土交通省の調査では、大家の約7割が高齢者の入居に拒否感を持っています。そして、その理由の90.9%が「居室内での死亡事故等に対する不安」でした。家賃の支払いへの不安は1.3%にすぎません。
つまり、高齢単身者の入居を断る判断は、ほぼ一つのリスクだけで決まっています。にもかかわらず、そのリスクが1戸・1年あたり何円の期待コストなのかを数字で示した資料はほとんど見当たりません。
この記事では、警察庁が令和6年分から公表を始めた「自宅において死亡した一人暮らしの者」の年齢階層別・発見経過日数別データと、日本少額短期保険協会の孤独死保険支払データを使って、入居者1人・1年あたりの発生確率と1件あたりの損害額を推計し、期待年間コストを家賃比・表面利回り換算で算出します。そのうえで、「このコストを回収するには募集期間が何日短縮できればよいか」を逆算します。
この分析は実績の公開データ(発生確率・損害額)と、条件を固定したシミュレーション(家賃・告知期間の下落率・戸数)を組み合わせたものです。RE-AIの診断データは使用していません。
家賃水準は、令和5年住宅・土地統計調査の民営借家(木造)の全国平均 54,409円/月を根拠に、月54,000円を基準としました。高齢単身者が実際に借りる物件は地方・郊外の木造アパートの単身向け住戸が中心になるためです。物件価格は固定していません。この分析の単位は「1戸」であり、表面利回りへの換算は「期待コスト÷年間家賃×表面利回り」で求められるため、絶対価格を置く必要がないからです。
区分 | 内容 |
|---|---|
固定した条件 | 家賃54,000円/月(感応度分析では4.0万〜12.0万円)、告知義務期間3年、入替コスト1回30.7万円、表面利回り8.0%(換算用) |
変更した条件 | 入居者の年齢階層(65-69歳〜85歳以上)、特殊清掃の判定基準(発見4日以上/8日以上)、告知期間中の家賃下落率(▲5%/▲10%/▲20%)、1棟あたりの高齢単身戸数(0〜8戸)、平均入居年数(3〜10年) |
使用データの区分 | 公開データ=警察庁・厚生労働省・総務省・国土交通省・国立社会保障・人口問題研究所、業界一次資料=日本少額短期保険協会の保険支払データ、シミュレーション=家賃・告知期間下落率・戸数・入居年数の設定 |
情報確認日:2026年10月12日
警察庁は令和7年4月、警察が取り扱った死体のうち「自宅において死亡した一人暮らしの者」の令和6年分を年齢階層別に公表しました。総数は76,020人、うち65歳以上が58,044人です。
これを分母(単独世帯数)で割れば、1世帯・1年あたりの発生率が出ます。分母には国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計(2024年推計)」の2020年実績値を使いました。
年齢階層 | 自宅での単身死亡(令和6年) | 単独世帯数(2020年) | 発生率(年) |
|---|---|---|---|
65〜69歳 | 7,846人 | 1,472,000 | 0.533% |
70〜74歳 | 11,600人 | 1,734,000 | 0.669% |
75〜79歳 | 12,567人 | 1,436,000 | 0.875% |
80〜84歳 | 11,373人 | 1,267,000 | 0.898% |
85歳以上 | 14,658人 | 1,469,000 | 0.998% |
65歳以上 計 | 58,044人 | 7,378,000 | 0.787% |
65歳未満 計 | 17,818人 | 13,773,000 | 0.129% |
分母を社人研推計の2025年値(65歳以上の単独世帯816万世帯)に置き換えると65歳以上の発生率は0.711%になります。分子が令和6年、分母が2020年実績という時点のズレがあるため、65歳以上の発生率は年0.71〜0.79%の範囲と見るのが妥当です。65歳未満の0.129%に対して約6倍です。
ここが直感と最もズレる点です。厚生労働省「令和7年簡易生命表」の年齢別死亡率(qx)は、65歳から85歳までで男性が1.024%→8.168%(8.0倍)、女性が0.438%→4.524%(10.3倍)に増えます。
ところが自宅での単身死亡の発生率は、65〜69歳の0.533%から85歳以上の0.998%へ1.87倍しか増えていません。年齢が上がるほど入院・施設入所の割合が高まり、「自宅で亡くなる」経路から外れていくためと考えられます(人口動態統計では自宅死の割合は全死亡の17.0%=2023年)。
この意味するところは実務的です。「85歳だから極端に危ない」という前提は、少なくとも居室内死亡の発生率では支持されません。65歳と85歳の差は2倍弱です。ただしこれは相関を示すデータであり、年齢以外(既往症・要介護度・見守りの有無・家族との接触頻度)の要因を分離できていません。年齢だけが原因と断定はできません。
自宅での死亡がすべて特殊清掃を伴うわけではありません。国土交通省「宅地建物取引業者による人の死の告知に関するガイドライン」(令和3年10月)では、自然死や日常生活での不慮の死は原則として告知不要ですが、発見が遅れて特殊清掃や大規模リフォームが必要になった場合は原則が外れ、賃貸では発見から概ね3年間の告知義務が生じます。
つまり分岐点は「発見までの日数」です。警察庁データの経過日数別内訳(65歳以上)を使って区切ります。
発見までの経過日数 | 件数(65歳以上) | 構成比 |
|---|---|---|
0〜1日 | 22,734 | 39.2% |
2〜3日 | 11,986 | 20.6% |
4〜7日 | 7,694 | 13.3% |
8〜14日 | 5,721 | 9.9% |
15〜30日 | 5,371 | 9.3% |
31日以上 | 4,538 | 7.8% |
4日以上(計) | 23,324 | 40.2% |
8日以上(計) | 15,630 | 26.9% |
腐敗の進行は季節・住戸の条件で大きく変わるため、「何日から特殊清掃が必要か」に一つの正解はありません。そこで本分析では4日以上(40.2%)と8日以上(26.9%)の2通りで計算し、幅として示します。
日本少額短期保険協会 孤独死対策委員会「第10回孤独死現状レポート」(2025年12月)は、少額短期保険会社19社の孤独死保険支払データ(賃貸住宅、累積12,105件)をまとめたものです。保険金請求に至った事案=特殊清掃を要した重い事案に偏るため、本分析の「1件あたり損害」としてはむしろ適切です。
費目 | 2024年度(2,220件) | 累積(2015年4月〜2025年3月) |
|---|---|---|
遺品整理(残置物処理)費用 平均損害額 | 266,265円 | 294,131円 |
原状回復費用 平均損害額 | 610,507円 | 494,344円 |
家賃保証 平均支払額 | 389,706円 | 337,035円 |
直接コスト 計 | 1,266,478円 | 1,125,510円 |
原状回復費用 最大損害額(参考) | 7,564,673円 | 7,564,673円 |
原状回復費用は累積49.4万円に対して2024年度単年度で61.1万円と上昇しています。以下では最新の2024年度ベースを使います。なお遺品整理と原状回復は「平均損害額」、家賃保証は「平均支払額」で、基準が揃っていない点は留意が必要です。
これに加えて、ガイドライン上の告知義務期間(概ね3年)の家賃下落を見積もります。これは保険では補償されない部分です。
告知期間中の家賃下落 | 3年間の減収(家賃54,000円) | 1件あたり総コスト |
|---|---|---|
▲5% | 97,200円 | 1,363,678円 |
▲10%(基準) | 194,400円 | 1,460,878円 |
▲20% | 388,800円 | 1,655,278円 |
告知義務と家賃下落の関係そのものは、心理的瑕疵のある収益物件の判断基準で整理しています。原状回復費用の負担区分は原状回復費用のオーナー負担をあわせてご覧ください。
期待年間コスト=発生率×特殊清掃に至る割合×1件あたり総コスト、で計算します。表面利回りへの換算は「期待コスト÷年間家賃×表面利回り(8.0%)」です。
入居者の年齢 | 特殊清掃事案の発生率(年) | 期待コスト(年・1戸) | 年間家賃比 | 表面利回り換算 |
|---|---|---|---|---|
65〜69歳 | 0.214% | 3,129円 | 0.483% | 0.039pt |
70〜74歳 | 0.269% | 3,927円 | 0.606% | 0.048pt |
75〜79歳 | 0.352% | 5,137円 | 0.793% | 0.063pt |
80〜84歳 | 0.361% | 5,269円 | 0.813% | 0.065pt |
85歳以上 | 0.401% | 5,858円 | 0.904% | 0.072pt |
(発見4日以上を特殊清掃の基準、告知期間▲10%×3年、家賃54,000円)
基準を発見8日以上に変えると、同じ条件で65〜69歳が2,097円、85歳以上が3,925円まで下がります。
シナリオ | 条件 | 発生率 | 1件あたり | 期待コスト(年) | 表面利回り換算 |
|---|---|---|---|---|---|
BASE | 発見8日以上/告知▲5% | 0.236% | 1,363,678円 | 3,213円 | 0.040pt |
MID | 発見4日以上/告知▲10% | 0.352% | 1,460,878円 | 5,136円 | 0.063pt |
SEVERE | 発見4日以上/告知▲20%+残置物処理が相続人から回収不能で2倍 | 0.352% | 1,921,543円 | 6,756円 | 0.083pt |
悲観側をどこまで積んでも、期待年間コストは1戸あたり3,200〜6,800円、表面利回り換算で0.04〜0.08ptの範囲に収まりました。大家の拒否理由の90.9%を占める不安は、期待値で見ればこの大きさです。
1件あたりコストのうち、残置物処理と原状回復(計87.7万円)は家賃水準にほぼ依存しない固定費です。家賃に比例するのは家賃保証と告知期間の下落分だけです。したがって家賃が低いほど、同じリスクが収支に対して重く効きます。
家賃(月) | 1件あたり総コスト | 期待コスト(年) | 年間家賃比 | 表面利回り換算 |
|---|---|---|---|---|
40,000円 | 1,410,478円 | 4,959円 | 1.033% | 0.083pt |
54,000円 | 1,460,878円 | 5,136円 | 0.793% | 0.063pt |
70,000円 | 1,518,478円 | 5,339円 | 0.636% | 0.051pt |
90,000円 | 1,590,478円 | 5,592円 | 0.518% | 0.041pt |
120,000円 | 1,698,478円 | 5,971円 | 0.415% | 0.033pt |
この条件での転換点は家賃41,480円です。これ以下の家賃帯では、期待コストが年間家賃の1.0%を超えます。地方の築古ワンルームで家賃3万円台という物件は、同じ受け入れ判断でも相対的な負担が重くなります。
期待値が小さいことと、発生確率が無視できることは別です。8戸のアパートで複数戸を高齢単身者に貸した場合、少なくとも1件発生する確率を計算します(75〜79歳・MID条件、発生率0.352%/戸・年)。
高齢単身の受入戸数(8戸中) | 期待コスト(年・棟全体) | 棟の年間家賃比 | 1年以内に1件以上 | 10年以内に1件以上 |
|---|---|---|---|---|
2戸 | 10,272円 | 0.198% | 0.70% | 6.80% |
4戸 | 20,544円 | 0.396% | 1.40% | 13.14% |
6戸 | 30,816円 | 0.594% | 2.09% | 19.05% |
8戸(全戸) | 41,089円 | 0.793% | 2.78% | 24.55% |
全戸を高齢単身者に貸した場合、10年で約4分の1、20年で43.1%の確率で1件以上発生します。1件あたり約127万円の一時支出です。期待値では年4万円でも、実際に発生する年は127万円が一度に出ます。ここは期待値ではなく手元資金で備える問題で、購入後の手元資金は家賃の何ヶ月分必要かで検証した資金ショート対策と同じ構造です。
高齢単身者を受け入れる便益の一つは、入居者候補の母集団が広がり募集期間が短くなることです。では、期待コストを相殺するには何日短縮できればよいのでしょうか。累積期待コストを家賃の月数に換算します(家賃54,000円)。
平均入居年数 | 65〜69歳 | 75〜79歳 | 85歳以上 |
|---|---|---|---|
3年 | 0.17ヶ月(5日) | 0.29ヶ月(9日) | 0.33ヶ月(10日) |
5年 | 0.29ヶ月(9日) | 0.48ヶ月(14日) | 0.54ヶ月(16日) |
7年 | 0.41ヶ月(12日) | 0.67ヶ月(20日) | 0.76ヶ月(23日) |
10年 | 0.58ヶ月(17日) | 0.95ヶ月(29日) | 1.08ヶ月(33日) |
75〜79歳の入居者が7年住む場合、累積期待コストは家賃0.67ヶ月分(20日)です。つまり、年齢を問わず募集する運用に切り替えることで募集1回あたり20日以上空室期間が短くなるなら、孤独死リスクの期待コストは回収できます。地方の単身向け住戸で募集期間が2〜4ヶ月かかる物件なら、20日の短縮は現実的な範囲です。
もう一つの便益は退去頻度の低下です。退去1回あたりの入替コスト30.7万円という試算を使うと、入替コストの年額は平均入居年数で決まります。
平均入居年数 | 入替コスト(年額) | 孤独死の期待コスト(5,136円)との倍率 |
|---|---|---|
3年 | 102,333円 | 19.9倍 |
4年 | 76,750円 | 14.9倍 |
6年 | 51,167円 | 10.0倍 |
10年 | 30,700円 | 6.0倍 |
平均入居年数4年を基準にすると、4.29年(+3.4ヶ月)に延びるだけで孤独死の期待コストは相殺されます。基準を3年3ヶ月に置けば+2.2ヶ月、6年に置けば+8.0ヶ月です。入替コストという別の運営コストに対して、孤独死の期待コストは1桁小さい、という関係になります。
ただしこれは「高齢単身者の平均入居年数が実際に長い」ことを証明したものではありません。本分析で示しているのは「何ヶ月延びれば相殺できるか」という損益分岐点です。実際の入居年数は物件・エリア・入居者により異なります。
家主費用型の孤独死保険(少額短期保険)の保険料は、公表されている商品例で年3,383円/戸(3戸・家賃合計20万円で年10,150円)、月300円/戸=年3,600円/戸という水準です(商品例の公表時点は2017年のため、現在の条件は要確認)。これを期待支払保険金と比べます。
比較には損害額ではなく平均支払保険金を使います。2024年度の平均支払保険金は遺品整理221,031円+原状回復315,020円+家賃保証389,706円=925,757円です。
入居者の年齢 | 期待支払保険金(年・4日以上基準) | 保険料3,491円(年3,383円と3,600円の中間値)との比 |
|---|---|---|
65〜69歳 | 1,983円 | 保険料は期待値の1.76倍 |
75〜79歳 | 3,255円 | 保険料は期待値の1.07倍 |
85歳以上 | 3,712円 | 保険料は期待値の0.94倍 |
保険料が期待支払保険金と釣り合う発生率は年0.939%です。実績でこれを上回るのは85歳以上(0.998%)だけでした。8日以上を基準にすると必要発生率は1.400%で、全年齢階層で保険料が期待値を上回ります。
これは「保険が損」という意味ではありません。期待値では年1,000〜3,700円の損失に対して年3,500円前後を払う構図ですが、保険が買っているのは127万円の一時支出を平準化することです。戸数が少なく手元資金が薄いほど、この平準化の価値は大きくなります。逆に戸数が多く自己保険できる規模なら、期待値どおり保険料のほうが高くつきます。
この結果は「高齢単身者は受け入れるべき」という一つの結論にはなりません。少なくとも次の3つの軸に分かれます。
制度面の環境も2025年10月1日施行の改正住宅セーフティネット法で変わりました。居住サポート住宅の創設、終身建物賃貸借の認可手続きの簡素化、居住支援法人による残置物処理の受任、認定家賃債務保証業者の制度化が柱です。残置物処理(期待コストのうち約21%)と家賃保証は、この制度を使えば負担構造が変わり得ます。
なお、この記事では家賃54,000円・表面利回り8.0%を換算の基準にしています。実際の期待コストが収支にどこまで効くかは、ご自身の家賃・空室率・運営費・借入条件によって変わります。キャッシュフローシミュレーターで年間運営費と空室率を変えて試算すると、期待コストを運営費に上乗せした場合と、空室率が下がった場合のどちらが大きいかを、ご自身の数字で確認できます(登録不要)。
空室対策の選択肢全体のなかでの位置づけは、収益物件の管理会社選びと空室対策 完全ガイドで整理しています。
大家の約7割が高齢者の入居に拒否感を持ち、その理由の90.9%が「居室内での死亡事故等への不安」です。その不安を警察庁・厚生労働省・総務省の公開データと孤独死保険の支払データで期待コストに換算すると、1戸あたり年3,200〜6,800円、表面利回り0.04〜0.08pt相当でした。
一方で、この期待コストを相殺するのに必要なのは、募集1回あたり20日の空室短縮か、平均入居年数の3.4ヶ月の延びです。収益性の軸では、空室に悩む物件ほど受け入れが合理的になりやすい、という結果になりました。
ただし期待値が小さいことは「起きない」ことを意味しません。8戸全戸に貸せば20年で43.1%の確率で1件発生し、そのときは127万円が一度に出ます。判断すべきは「受け入れるか否か」ではなく、受け入れたうえで一時支出にどう備えるかです。保険料は期待値ではやや高くつきますが、戸数が少なく手元資金が薄い場合は平準化の価値が上回ります。
金利・空室率・家賃下落・修繕費・そしてこうした運営リスクを同時に数字へ落とすと、表計算では確認項目が増えていきます。RE-AIは複数条件をまとめて確認できるよう設計していますが、個別物件の入居者属性や管理状態まで判定できるわけではありません。最終判断はご自身の条件に当てはめて行ってください。
本記事の数値は上記の公開データ・業界資料に、記事内で明示した条件を組み合わせて計算した結果です。実際の投資判断を保証するものではありません。情報確認日:2026年10月12日
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。

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