
「収益還元法で価格を確認したいが、還元利回り(キャップレート)を何%に置けばいいか分からない」という声は多くあります。還元利回りは調べれば1つに決まる数字ではなく、置き方次第で収益価格が数百万円単位で動くため、根拠を持って設定する方法を、地方の築古木造アパートを使った試算で確認します。
収益還元法(直接還元法)では、物件の価格を「年間NOI(純営業収益)÷還元利回り」で求めます。国土交通省の不動産鑑定評価基準でも、原価法・取引事例比較法と並ぶ基本的な評価手法として位置づけられています。還元利回りは、価格が決まったあとに計算される実績値ではなく、価格を求めるために先に置く前提の利回りである点が、表面利回りやNOI利回りとの大きな違いです。3つの手法の使い分け全体は「収益物件の価格査定完全ガイド」で整理しています。
一般財団法人日本不動産研究所は「不動産投資家調査」を年2回(4月・10月)公表しており、都市・用途別の期待利回り(キャップレート)の推移を確認できます。ただし同調査は機関投資家が対象とする都心の一定規模以上の物件が中心で、たとえば2025年10月調査時点の東京城南エリアのワンルームタイプは3.7%、ファミリータイプは3.8%という水準でした。この数値は地方の中小規模の木造アパートにそのまま当てはめられるものではなく、あくまで「市場全体の温度感」を把握する参考情報として扱う必要があります。
より実務的な方法は、国土交通省「不動産情報ライブラリ」で対象エリアの取引価格情報を調べ、類似する構造・築年・規模の成約事例から想定家賃とNOIを見積もり、「NOI÷成約価格」で利回りを逆算することです。1件だけでは誤差が大きいため、複数事例を集めて水準の幅を確認する方が現実的です。
還元利回りは「低ければ良い、高ければ悪い」という単純な指標ではありません。利回りが低い物件は賃料の安定性や流動性が市場から高く評価されている一方、同じNOIでも価格は高く出ます。逆に利回りが高い物件は価格が抑えられる代わりに、空室リスク、建物の老朽化、売却時の買い手の少なさといったリスクプレミアムが織り込まれています。都心の築浅マンションと地方の築古木造アパートでは、賃貸需要の厚みも出口での流動性も異なるため、同じ利回りを当てはめること自体が妥当性を欠きます。
以下は仕組みを理解しやすくするために単純化した架空例です。実在する物件のデータではありません。
想定読者は、地方都市で初めて一棟物件の購入を検討する会社員投資家とします。対象は築18年の木造アパート1棟8戸、家賃はワンルーム想定で1戸あたり月5.5万円、売出価格は4,600万円です。
このNOIを前提に、還元利回りを8%〜12%で動かすと、収益価格は次のように変わります。
還元利回り | 収益価格 | 売出価格との差 |
|---|---|---|
8% | 約4,389万円 | ▲211万円(▲4.6%) |
9% | 約3,901万円 | ▲699万円(▲15.2%) |
10% | 約3,511万円 | ▲1,089万円(▲23.7%) |
11% | 約3,192万円 | ▲1,408万円(▲30.6%) |
12% | 約2,926万円 | ▲1,674万円(▲36.4%) |
還元利回りを積極的に8%まで低く見積もっても、収益価格は売出価格をやや下回ります。築古の地方木造という個別性を踏まえて9〜10%程度を妥当な水準とみなす場合、差は700万〜1,100万円ほどまで広がります。どの利回りを「妥当」と判断するかで、同じ物件・同じNOIでも評価が大きく変わることが分かります。この感応度の考え方は「DCF法とは?直接還元法との違いと計算方法」で解説した割引率の考え方とも共通します。積算価格からの見方は「積算価格の計算方法」、取引事例比較法は「取引事例比較法とは?」で解説しています。
還元利回りを低く見積もって「収益価格は売出価格に見合っている」と判断すると、その価格のまま金融機関へ融資を申し込むことになります。しかし金融機関の担保評価は収益価格だけでなく積算価格も併用されることが多く、地方・築古物件では積算価格が収益価格をさらに下回るケースもあります。評価額と借入額の差は自己資金の積み増しやDSCR悪化につながるため、還元利回りを希望的に低く見積もることは、あとから融資条件の面で跳ね返ってくるリスクがあります。融資の天井の考え方は「銀行はいくらまで貸せるのか」で試算しています。
収益還元法は土地の価値を直接反映しないため、土地値の大きい物件では収益価格が低く出やすい傾向があります。積算価格や周辺の取引事例と併せて確認することが欠かせません。この記事のNOIと還元利回りを使った試算は、RE-AIの「収益還元法・収益価格シミュレーター」で還元利回りを0.5%刻みで動かしながら自分の物件条件でも確認できます。登録不要で、入力した数値はブラウザ内でのみ計算されます。
還元利回りに全国一律の正解はなく、公表調査データはあくまで市場の温度感の参考情報にとどまります。実務では類似物件の取引事例から利回りの幅を把握し、対象物件の個別性(立地・築年・構造・賃貸需要・流動性)を踏まえて置く必要があります。還元利回りの前提を1〜2ポイント動かすだけで評価額は数百万円単位で変わるため、1つの利回りで出した価格を鵜呑みにせず、複数の利回りで感応度を確認したうえで、積算価格や融資条件と合わせて総合的に判断することが重要です。
情報確認日:2026年9月2日。本記事は一般的な情報提供を目的としており、投資助言ではありません。還元利回りの水準は個別物件・地域・市場環境により異なるため、実際の投資判断にあたっては不動産鑑定士・金融機関・税理士等の専門家にご確認ください。
この記事を書いた人

鈴木基公
RE-AI開発者・不動産投資分析サービス運営者
1件の物件を買うか判断するために、4時間。 場合によっては、答えが出るまで何日もかかる。 その間にも、良い物件は他の投資家に買われていきます。 「分析に時間を使うのではなく、判断に時間を使うべきではないか。」 この疑問から開発したのが「RE-AI」です。 数時間かかっていた分析をAIがサポートし、投資家が本来やるべき『比較・現地調査・意思決定』に時間を使える環境を目指しています。